第9話 Serenade(9)
萌香の母が妊娠をしてしまったのは、たぶん今のひなたとそう変わらない年のころだろう。
自分の子供だから、というわけではないが、
あまりにもまだまだ幼くて。
遊ぶことが楽しくて、ダンスに夢中になったり
青春を謳歌しているひなたとは
あまりに違いすぎる。
自分の娘に置き換えて
少し寒気がした。
高校生の少年と恋をして。
男と女のこともよくわからないうちに妊娠をして。
大変な苦労を背負った。
「なに? ぼーっとしちゃって、」
またひなたからつっこまれた。
「ん? や。 人生っていろいろあるよなって・・」
志藤はタバコに火をつけた。
「アハハ! じーさんみたいなこと言っちゃって! パパも老いちゃった?」
ひなたはあっけらかんと笑って
グサっとくるような言葉もあっさり吐いて、また二階に上がって行ってしまった。
津村との仕事の話はトントン拍子に進んだが、
「明日、また社長と話してくるわ。 最後の契約は斯波に頼むけど、」
志藤はいちおう萌香に報告をした。
「あ・・ハイ。 えっと、あのう。」
彼女が歯切れの悪い返事をしたので、
「おれ一人で行くから。 おまえはええわ、」
志藤はニッコリ笑った。
「・・でも、」
萌香ははっきりとはわからないが、津村に会うのがなんだか怖い様子だった。
「・・別に。 気にするな。 この仕事受けたらあとは事業部にやってもらうし。 おまえには関係ないから、」
志藤はそう答えたが、萌香の不安を拭ってやるには
本当のことを話さなければならない、と思い中途半端な答えしかできなかった。
「・・お母さん、元気でやってるの?」
志藤は萌香の母のことに触れた。
「えっ・・ええ。 おかげさまで。 何とか真面目にやっているようです。 たまに電話で話す程度ですが、」
志藤に紹介してもらった料理屋の仲居の仕事を始めて数年が過ぎた。
「そっか。」
それを聞いて志藤は安心したように頷いた。
なぜ急に母のことを持ち出したのか、萌香は不思議に思った。
津村との最後の打ち合わせの前日だった。
「栗栖さん、志藤取締役にお客様がみえているそうです、」
内線を受けた秘書課の女子社員からそう告げられた。
「え? あ、ハイ。 今行きます。」
志藤が外出中だったので、萌香は下のロビーに向かった。
そこで待っていたのは
津村だった。
「あ・・」
彼も思いがけずやって来たのが彼女だったので少し驚いた。
「・・あ・・先日はお世話になりまして。 あの、志藤はただいま外出中で、」
萌香は何となく視線を外しながらそう言った。
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