第8話 Serenade(8)
「静香は。 よくおつかいでこの菓子をうちに買いに来ていたようです。」
津村は胸に迫るものがあるようで
言葉を詰まらせながら少しだけほほ笑んでそう言った。
すべてが
つながる
萌香がこの世に生まれたその運命が。
「セレナーデは。 彼女と一緒にいるときによく弾いた曲です。 彼女が大好きでした。」
志藤は帰宅して
津村からもらったその菓子折りの箱を開けてみた。
ほんのりうす桃色の小さなかわいい菓子だった。
たった15で。
身寄りもなくひとりで子供を産んで。
小さな赤ん坊に名前を付けるとき
このかわいらしい菓子のことを思い出したのだろう。
志藤の頭の中にあの甘く切ないシューベルトの『セレナーデ』がずっとぐるぐると廻っていた。
津村は
その事実を知って、自分が父親であると名乗ろうと言い出さなかった。
萌香の母のこともそれ以上は訊かなかった。
このまま自分の胸の中にしまっておいていいのだろうか。
志藤は頬杖をつきながら小さなため息をついた。
萌香はたぶん
自分が京都にいた頃の自分の過去を知る人物ではないか、と気に病んでいる。
津村と別れた後
萌香と萌香の母が悲惨な人生を歩んできたことも
もちろん彼は知らない。
このまま何も明らかにせずに
そっとしておくことがいいのではないか、とも思えて。
しかし彼が現在の萌香の母のことが気にならないわけはない。
これから仕事で関わりを持つことになって
このまま知らんぷりもできない気もする。
志藤はまた深くため息をついた。
そこに。
「なにたそがれてんの?」
能天気な声がして振り返った。
ペットボトルの水を飲みながら立っていたのはひなただった。
「・・おまえ、まだ起きてたんか? 1時やん、」
志藤は時計を見た。
「だってさー。 あさってから期末なんだよ? あたし、2学期の期末で2コも赤点取っちゃって! 先生にすんごい怒られたし・・」
「へー。 勉強? めずらし・・」
ひなたは志藤の向かいに座り、
「ママにも今度赤点取ったらダンスやめさせるとか言われちゃったし~。 ほんっと、勉強さえなけりゃ、学校もサイコーに楽しいのに!」
4月には中2になるひなたを見て
志藤は萌香の母のことを思ってしまった。
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