第6話 Serenade(6)

「老舗の一人息子として。 何不自由なく育った私は。 ピアノが好きで、特に他に趣味もなく。 遊びまわるわけでもない、平凡な毎日を過ごしていました、」



津村は話し始める前に



ビールグラスに少し口をつけた。



「16のころでしたか。 いつものように家でピアノを弾いていた時に。 ふと気づくと裏庭に人影があって。 驚いて窓の外を伺うと。 ひとりの女の子が立っていました。」




彼が思い出をいきなり話し出したことは



志藤には意外だった。




「中学生くらいの女の子で。 裏木戸が開いていて、ピアノの音を探して入ってきてしまったようでした。 ぼくが顔を出すと、驚いて逃げようとしたんですけど。」




津村は昨日の話のように



澱みなく言葉を続けた。




『だ、だれ?』



津村が少女に声を掛けると



彼女は戸惑ったように



『・・・ピアノの音がしたから。 どっからしてるんやろって。 入ってしまって、』



黙って人の家に入ってしまったことを咎められると思い、彼女は背を向けるように言った。



『ピアノが、好きなの?』



と、声を掛けるとようやく彼女は振り返った。



『・・今の。 すごくいい曲やったから、』



そしてその笑顔を見た瞬間。



今までに感じたことのない衝撃を受けた。




「もう。 ひと目で彼女に恋をしてしまって。 一目ぼれなんて本当にあるんやなって。驚きました。」



津村は笑みを浮かべて優しく志藤に語り掛けた。




「ぼくよりも3つ年下の中学1年生だと言っていたのですが、本当にキレイで。 びっくりするくらい。」




そして、自分のワイシャツのポケットから1枚の古い写真を取り出した。



志藤は黙ってそれを受け取って見ると。



セーラー服姿の少女がそこに写っていた。




「えっ・・」




その少女を見て志藤は思わず小さな声をあげてしまった。



「・・この写真を久しぶりにアルバムから引っ張り出しました。 『彼女』と会ってから。」



津村は一転して低い、小さな声でそう言った。



志藤は写真を持った手が少し震えた。



その少女は



あまりにも萌香に似ていたから。



「彼女の名前も。 『栗栖』です。」



続いて津村から出た言葉にさらに驚いて、顔を上げた。



「『栗栖 静香』といいます。」




心臓から一気に血液が大量に排出されたような感覚に陥った。



たぶん



彼も萌香に出会ったとたんに同じような感覚になったのであろう。



「『栗栖』・・」



志藤はその事実を繋げるのに時間がかかった




栗栖静香は



萌香の母親の名前だった。


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