第5話 Serenade(5)
「これは。 うちの商品ですが。 和菓子屋さんの息子さんに失礼かとも思いますが、」
津村は丁寧に志藤に菓子折りを差し出した。
「え・・。 あ、いえ。 すみません、ご丁寧に。」
彼は第一印象と全く変わりない穏やかな表情でニッコリと微笑んだ。
とりとめのない話が続いた。
やはり音楽の話が中心になってしまう。
「ぼくは。 シューベルトが好きで。 今でもたまに思い出して自宅のピアノを弾いたりします、」
津村は食事をしながら静かにそう言った。
「もし。 北都マサヒロさんにおいでいただけるのであれば。 リクエストをしてもいいでしょうか、」
「え、」
意外なことを言われてハッとした。
「北都さんほどのピアニストに大変失礼だと思うのですが、」
謙虚に言う彼に
「あ・・いえ。 もし可能であれば。 ぼくから話をしておきますから、」
志藤は笑顔を作った。
「・・シューベルトの『セレナーデ』を、」
津村は箸を静かに置いた。
「セレナーデ・・」
志藤はその曲を頭に浮かべながらつぶやいた。
「思い出のある曲です。 ぜひ・・北都さんに弾いていただけたら、と。」
彼が
これから何を言おうとしているのか。
志藤は
ゴクっとツバを飲み込んだ。
「4年前に妻を亡くして。 子供もなく。 仕事だけに打ち込んで来ましたが。 ぼくの人生の中でただひとつの後悔と気がかりがあるんです、」
津村も何か覚悟を決めたように
まっすぐに志藤を見据えた。
「あれからずっとずっと気になっていました。 先日あなたと・・いえ。 あなたの秘書の栗栖さんと会ってから。」
初めから彼はこの話をするために自分を呼び出したのだ、と志藤はわかっていた。
我々が感じていたと同じように
彼も萌香に対してある『疑問』を持っていたようだった。
「彼女を初めて見た時。 ・・息が止まりそうなほど驚きました。」
志藤はうなずきもせずに、ジッと息を潜めるように彼の言葉を待った。
「そして。 彼女の名前を聞いて。 また驚きました、」
「こらこら、動いちゃダメでしょ。」
この頃は脚の動きも活発になってオシメを替えるときもジッとしていない翔に萌香は優しく言った。
手足をジタバタさせて、オモチャを手にごきげんの翔の笑顔を見ていると、
自然と笑顔になる。
自分の知らないところで
何かが起きているのではないか。
そんな不安を一生懸命にかき消そうとして。
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