第二章 波乱の予感
第1話さようならは言わない
品野紅とは友人関係に戻っていた。
「やっと吹っ切れたか。遅いよ」
梶響は髪をバッサリと切った品野を見た時のリアクションはこの様なものだったらしい。
「凛くんよりもいい男はいますよ。品野さんは年上の方が合ってると思います」
関川涼子は品野に少しのお節介な言葉を投げかけて彼女を励ましたらしい。
「バイト仲間で友達って関係は良いよね。学校の友達じゃないから少しだけ距離があるけど…私にとってはここが心地よくて特別な場所だって思えたな」
吹っ切れた品野は僕とシフトが被った時に彼女らの話を聞かせてくれた。
「そうですか。みんな優しいですもんね。これからも平穏に過ごしたいです」
「あ…それってフラグっぽくない?」
「………」
僕は口を噤んで黙るとこの先の波乱の予感に爪先を引っ掛けてしまったような気がしてならなかったのであった。
夏休みが終わってからしばらくの時が流れて僕らは高校二年生の二学期を過ごしていた。
「バイト辞めようと思ってるんだよね…」
ある日、関川は僕の席に訪れると重苦しく口を開く。
「どうして?何かあった?」
「そうじゃなくて。受験勉強に本腰入れるつもり。塾の日数も増やすし勉強時間ももっと欲しいから…」
「勉強得意じゃなかったっけ?今までのままだとキツイの?」
「まぁ…目指してる大学に入学したいからね」
それに数回頷くと関川は申し訳無さそうに僕に謝罪をしてくる。
「ごめんだけど…今日のバイトの時にマスターに言おうと思ってて…その時、一緒にいてくれる?」
「わかった」
「ありがとうね」
関川は自席に戻っていくと昼休みだと言うのに教科書を開いて勉強に励んでいた。
「何かあったの?」
僕らのやり取りを見ていた圭子は席までやってくると質問をしてくる。
「バイト辞めるんだって」
「ふぅ〜ん。三年生になったらバイト辞める人も増えるだろうし。早い決断だっただけじゃない?」
「そうだけど…今まで一緒にバイトしてきたから少し寂しいかな」
「そういうものなの?」
「まぁね。普通に友達だし」
「そっか…」
圭子はそれだけ答えると会話を終えて自席に戻っていく。
丁度鳴った昼休みを終える予鈴を耳にした生徒は着席する。
午後の授業が始まり僕らは集中して過ごすのであった。
放課後がやってきてバイト先に向かうと関川は先に来ていてエプロンを着用していた。
「すぐ着替えるから。ちょっと待ってて」
ロッカーを開けるとエプロンを取り出してすぐに着替えを済ませる。
「おまたせ。行こうか」
関川はそれに頷くと僕とともにマスターのいるカウンターを目指した。
「マスター。受験勉強に集中したいのでバイトを辞めたいです」
関川はマスターと向き合うとはっきりとその言葉を口にする。
マスターは口数の少ない人であるため一つ頷く。
「わかった。来週のシフトまで頼む」
「はい。ありがとうございます」
僕と関川はカウンターを出ると店内に向かう。
主婦の二人とシフトを交代したところで関川は大きく息を吐いた。
「緊張した〜」
「なんでだよ」
「だって…マスターってちょっと怖いから」
「見た目がだろ?中身は優しい人だよ」
「そんなに知ってるほど話したことあるの?」
「無いけど?何となく分かるだろ」
僕の言葉に関川は戯けた表情を浮かべて首を傾げていた。
そこからシフトが終わる20時まで僕らは何事もなく仕事を続ける。
閉店作業を終えると着替えを済ませて店の外に出る。
「私が辞めたら新しいバイトが入ってくるよね…もう既に出来上がったコミニティに入ってくる強メンタルな人なら良いけど…」
「辞めた後のことは気にしないでいいよ。たまに近況ぐらいは話すから」
「そうして。少し寂しいな」
「だな〜」
僕らに仰々しい別れの言葉は似合わない。
それに関川とは学校も同じだ。
いつか大人になっても同窓会や当時のバイト仲間だけで集まって遊ぶこともあるかもしれない。
だから僕らはいつまでもさようならの言葉を言うことはないのであった。
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