第17話この問題は解決

夏休みが明けてしまい普段どおりの学生生活に引き戻された僕らは急激に疲労感を覚えていた。

夏休みはどれだけ夜ふかしをしても早起きをしても眠くなかったというのに授業が始まった途端に眠気を覚える自分を少しだけ呪った。

普段どおりの平日。

けれど本日は品野紅と約束をした水曜日であった。


放課後を迎えると僕は現在の恋人である圭子に正直に事情を伝える。

「ごめん。今日は元カノとちゃんと話をつけてきたいんだ」

「は…?意味分かんないんだけど…?浮気…?」

圭子は話を受け入れてくれる様子はまるでなく大きく目を見開いて僕を問い詰める。

「そういうのじゃない。きっぱりと終わらせたいんだ。もう僕のことを想うのもやめてもらいたいから…」

「そんなのシカトしてればいいでしょ?なに?元カノにも誠実でありたいとか言うの?」

「そうじゃないけど…僕の気持ちは自己満足に近いよ。でもちゃんと謝ってお礼は言っておきたい。じゃないと僕はただの恩知らずになってしまうと思うから」

「良いじゃん…別に。誰にも恨まれないように生きるなんて無理だよ?誰にも嫌われないように生きるのも無理でしょ?元カノに恩知らずな奴だったなって思われるぐらい…別に良いでしょ?」

圭子の激昂や不安の気持ちは理解できる。

けれど僕は圭子と今後も真っ直ぐに向き合うために決断したことだったのだ。

「もしかしたらそれで良いのかもね。僕らはとっくに終わってるし。でもさ、僕が女性に対して今後も誠実じゃない奴だって圭子に思われたくないんだ。元カノを想ってと言うよりも…言い方は酷いけど圭子に悪く思われたくないって身勝手な気持ちから出た答えなんだ」

正直な思いを伝えると圭子は呆れるように嘆息した。

「一時間だけって約束」

圭子は指を一本立てると僕の顔の前に持ってくる。

「わかった。それで話をつけてくる」

「終わったら連絡して。カフェにでもいるから」

それに頷くと僕は品野との約束の場所である駅前に向かうのであった。


約束の時間よりも数分前に到着すると品野がやってくるのを待った。

見覚えのある軽自動車がロータリーに止まると窓が開き中から品野が顔を出す。

「乗って」

言われた通りに助手席に乗り込むと車は発進する。

「話したいことって?」

運転に集中している品野は世間話のようにして会話を始める。

「あぁ…付き合っていた頃の話なんですが…」

「何?急に昔話?懐かしくなってよりを戻したくなったとか?」

品野は誂うようにクスッと笑う。

「そうじゃなくて…我儘なこと言い続けていましたよね。初めて年上の彼女が出来て…しかも相手は大学生で舞い上がって浮かれていたんですよ。だから無茶も言ったと思います。そんなガキっぽい僕に呆れて…品野さんに振られたんだと思っています。あの当時は甘えて無理を言ってごめんなさい。それでも出来るだけ相手をしてくれてありがとうございました」

「話したいことってそれ?」

それに頷くと品野は薄く微笑んでウインカーを右に出す。

そのままコンビニの駐車場に車を停めると品野は呆れたように口を開く。

「そんなの分かっていたことだよ。高校生と付き合っていたんだから大人らしさなんて求めてなかったよ。ただ私は少しずつでいいから仲を深めていきたかった。高校生が色んなことに興味を持つのは分かるよ。大人の世界にも少なからず憧れがあったんだろうし。でも私は今しかできない恋愛がしたかった。私と別れてからの凛くんは一気に大人になったよね。それを見て深く傷つけたんだって理解して…それで私は少しでも罪が軽くなると思ってしつこくまとわり付いていたんだと思う。でもさっきの話を聞いて…謝罪と感謝の言葉を言われて…なんか自分の行動が虚しくなったのかな。きっぱり諦めるって言ったら…また普通に接してくれる?」

僕はそこで少しの逡巡の果に頷くことを決める。

「ただ前みたいに子供っぽくは接しないと思いますが…」

「そうだね。時間は進み続けるもんね」

「はい」

会話が終わると品野は僕に右手を差し出してくる。

握手の合図だと思って僕も右手を差し出し握手を交わす。

「家まで送ろうか?」

「いえ。恋人が待っているのでここで降ります」

「そっか。またバイトでね」

「はい」

コンビニの駐車場で車から降りると僕は圭子に連絡を入れる。

圭子はここから歩いて数分のカフェで休憩しているらしいので僕は急いで恋人のもとまで向かうのであった。


元カノとの縁が完全に切れて何処か少しだけやるせない気持ちになっている自分を身勝手な人間だと思った。

余談だが後日、品野は長かった髪の毛をバッサリと切りバイト先に現れる。

シフト交代でその姿を見た主婦の二人は僕のことを、

「女を泣かせて髪を切らせたダメ男」

などと不名誉なレッテルを張って問い詰めてきたが、

「当人同士の問題ですので…」

などと言ってのらりくらりとやり過ごすのであった。


しかしながら問題が解決すると新たな問題の種が芽を出そうとしているのであった。

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