ep6

 直子は、顔を歪めて泣いていた。外からキジバトの鳴き声が聞こえてくる。穏やかな朝には似合わない重苦しい話に、私はただ相槌を打つことしかできなかった。直子が学生の時に両親が離婚し、その後母親が自殺したことは何となく聞いていた。ただ、その詳細までは知らなかった。直子と私では、背負ってきたものが違いすぎる。両親がいたというだけで、直子のことを幸せな人だと思っていた。過去のない私には、その事実ですら羨ましかったのに。


「どうしてあなたが泣くのよ!」

 直子が声を荒げて、初めて自分も泣いていたことに気が付いた。外に声が漏れていないか私は不安になった。カーテンの隙間から通りを覗いたが、早朝だからか幸い人の姿は見えなかった。

「一年しか生きてないあなたに、この気持ちが分かるわけない!」

 私は「外に聞こえるわ」と直子を諭し、涙を拭いてやった。

「……でも、私はあなたなのよ。だから、自分のことみたいに悲しいのかもしれない」

 自分の涙の理由が自分でもわからないまま、そう言った。私たちはまだ泣き続けている。

「私とあなたは見た目が同じだけよ! 私は浩さんのことを愛したことだって一度もないわ」

 衝撃的な一言だった。今日の話を聞けば納得はできるが、二人の結婚生活に愛がなかっただなんて、思ってもみなかった。

「私の人生が壊れたきっかけは、彼なんだから。ほんとうは、彼の人生もめちゃくちゃにするつもりだったのよ……なのに……」

 直子は興奮して捲し立てた。喉がひゅうひゅうと鳴っている。私は魔法薬を飲ませて、一旦直子を落ち着かせた。


 やがて直子は眠りについた。私はその寝顔を眺める。一年前は私とまったく同じ美しい顔だったのに、今は見る影もない。その頃は、私はただの影だった。けれど今となっては、浩さんが『直子』と呼びかけるのは私だ。浩さんと食事をし、浩さんと眠るのも私だ。直子の死を願っているのに、直子に生きていて欲しいとも思う。浩さんに私一人だけを見て欲しいと思うのに、たった一人の友達を失いたくない気持ちもある。


 どうして直子は、憎いはずの浩さんのパンを今でも嬉しそうに食べるのか。それだけが謎だった。

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