ep4
「驚くわよ。第一、浩さんからは出会いは五年前だって聞いてたわ」
全て、初めて聞く話だった。私がいくら聞きたがっても、昔のことは話してくれなかったし、病気が悪化してからはそれどころではなかった。
「あの人が覚えてないだけよ」
直子は吐き捨てるように言った。初めて見た表情だった。悲しんでいるようにも、憤っているようにも見える。
「あのあと、私が魔法を使えないって噂がたちまち広がって、この町にはいられなくなったの」
「そうだったの」
「案外、みんな覚えてないものね。母親の姓になって、大人になった私に、誰も気が付かないのよ」
直子は笑ってみせたが、音だけの乾いた笑いだった。
その時、外から車の音がした。きっと浩さんだ。
「今日した話は内緒よ」
そう言うと、直子は目を閉じて顔をそむけてしまった。
「直子、ただいま」
「早かったのね」
私は慌てて玄関へ向かった。浩さんからパンの香りが漂っている。煙草の臭いは少しもしない。
「今日は暇そうだったから早めに閉めたんだ。あれ、もう寝てるんだね」
浩さんが奥の客間の直子を見やった。直子は、病状が悪化してから客間に移った。代わりに、寝室の広いベッドで浩さんと眠るのは私の役目だ。
私は「そうね」と曖昧に返事をして、荷物を預かった。浩さんがおもむろに私を抱きしめる。直子がいなければ、新婚夫婦のワンシーンに見えただろう。一瞬浮かれてしまったが、直子が見ているかもしれないので、私は浩さんを引き離した。浩さんは「なんだよ、連れないな」とつまらなそうな顔をした。
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