ep2 

「そうね。私は外に出かけるようになったの最近だから、まだピンとこないけど」

 私はやっと口を開いた。私も直子も、魔法を使えない数少ない人間だ。

「今は浩さんがいてくれるけど、先に逝くのはきっと彼よ。あなたも心得ておくべきよ」

 直子は少し話し疲れたようだった。それでも、彼女にまだこんなに話ができるほどの体力が残っていたなんて。

「少し休んだ方がいいわ。食事にしましょう」

 私はそう言って、直子のベッドをゆっくり倒した。この少しの振動も体に障るのではないかと思うほど、直子はこの数カ月で変わってしまった。やせ細って骨の浮き出た体に、つやのない肌。私と同じ二十九歳のはずなのに、十も二十も老けて見える。直子の病はもう治ることはない。私は、それがゆっくり直子の身体を蝕んでいくのを待つことしかできない。私は見ていられなくて、直子の細い腕を優しく毛布にしまい、客間をあとにした。


「いつもごめんね」

 キッチンに向かう私の背中に、直子の声が届いた。私は振り返らず「いいのよ」と答える。直子に出会った一年前から、こうなることは分かっていた。こんな状況にならなければ、私と直子が出会うこともなかったのだから。


 スープを煮込んでいる間、今日のパンを選ぶ。医者がもう食事は好きにするようにと言ってから、直子は毎食パンをねだるようになった。愛する夫の作る大好きなパンだからだろう。もちろんそのまま食べることはできないので、細かくちぎってスープに入れる。あと何度、直子はパンを食べられるのだろう。そう思うと、種類を選ぶのも慎重になる。


「クロワッサンね」

 スープを一口食べさせると、直子はすぐに中身を当てた。

「さすがね」

「バターの香りと食感が溶けてるもの」

 直子が微笑むと、右の頬にえくぼが見えた。今夜選んだのは、直子の一番好きなクロワッサンだ。けれど、やはり直子は半分も食べることができなかった。

「ねえ、今何時?」

「八時前ね」

 ベッドの上にある時計を見て答える。浩さんが帰ってくるまではまだ時間がある。

「じゃあまだ少し二人きりね」

「ええ」

「ねえ、もう少しだけ話を聞いて。クロワッサンで思い出したの」

「だめよ、無理しちゃ」

「お願い。あなただってその方が好都合でしょ、私が早く死ぬ方が」

 直子は時々いじわるを言う。私は何も言い返せず、直子の話の続きを聞くことにした。

 

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