第12話 雑貨カフェ②

 日が暮れた頃、客がこないためウィルとエナはカウンター席に突っ伏して座っていた。それまでに二人はオセロ等のボードゲームをやったり携帯電話で対戦型のゲームをやっていたが飽きてしまった。


「お兄さん」

「ん?」


 二人は突っ伏したまま目を合わせる。


「暇」

「じゃあ、しりとりでもしようか」

「しません」

「…………」


 本日の来客人数は今の時点でゼロ


「お母さんも帰りましたし、もう上がる準備しませんか?」

「そうだね。掃除しようか」


 掃除道具を取るために厨房室の奥にある事務室へと向かう。


「そういえばワックスがけしてから半年経ったと思うけど、まだしなくていいの?」

「あ、忘れてました」


 事務室に入る二人。

 ウィルは天然ワックスが入った缶と床用のワイパーを持ってホールへ、エナは雑巾と水が入ったバケツを持ってテラスを掃除しに行った。


――三〇分後。青年は店内の床にワックスを塗り終えた。


「まっ、まずい」


 ウィルは床用のワイパーを右手に持ったまま床の上で滑っていた。

 ツルツルと足の裏を滑らせて。


「ぶべらっはっ!」


 店内の壁に顔面から激突し、仰向けに倒れた。ワイパーも床の上に転がってる模様。

 使用したワックスが滑りやすいせいもあるがウィルがワックスを塗り過ぎたせいでもある。


「なにしてんですか」


 テラスにある家具を拭き終えたエナがホールに繋がる扉を開けて言う。そしてホールに足を踏み入れると。


「わっわっ!」

 滑りそうになったので体勢を保つために踏み入れた足で三回跳んでホールに入る。彼女は片足立ちをしたままだ。


「な、なんでこんなに滑るんですか……」

「僕がワックス塗り過ぎたせいかも」


 エナは自身の体重を支えてる片足を震わせていた。対してウィルは仰向けのまま彼女の問いに答える。


「と、とりあえず助けてください」

「すぐに行くから待って、っ!」


 ウィルは転がっている床用のワイパー左手で掴み、それを逆さに向けて床を突く。


「これならなんとか」


 彼はワイパーを杖代わりして立ち上がる。そして少しづつ前進する。


「エナちゃん。手を」


 エナに近づいたウィルは右手を伸ばし、掴まるように促す。


「ぐっ」


 うめき声を出しながらエナはなんとか青年の手に触れると手を握られる。


「「ふぅ……」」


 二人は安堵した。とりあえず、これでお互いのバランスが保てると思った。


「えっと、どうします?」

「一旦、外出よう」


 そう言いながらウィルは右手で外と繋がる扉を指したためエナは「なっ、馬鹿」と言う。急に掴まれた手を離されたからだ。


「あ、やば」


 ウィルが気付いたときにはエナは体のバランスを崩し前のめりになってそのまま――、


 バタン!


 と倒れ、ウィルは彼女を反射的に避けようとしたため、体をくの字に曲げる。


「痛ったぁ〜」

「うわうわ、うわ!」


 鼻を押さえる少女と前後にフラフラと動く青年。

 ウィルも前のめりに倒れそうになり「危ないっ!」と少女に向けて叫びつつ、なんとか左手に持っているワイパーで体重支えようとし床を突いた! 

 かのように見えた。


「ひぎっ!」

「あ……ごめん」


 気付いた時にはすでに遅し、ワイパーの棒部分でエナの尾骶骨びていこつを突いていた。

 そのとき、外と繋がる扉が開く、

 二人はそのままの体勢で入店した人物を見る。


「ここに雑貨カフェがあるって聞いたんですが……」


 入店した男性は二人を見て固まる。


「えっ!」


 まず、床にいる少女を確認。


「えっ⁉︎」


 次に謎の行為をしている青年を確認。

 そしてウィルと目が合う。

 お互いに顔見知りだった。昨日会ってる、というか昨日、初めて会った。来店したのは上腕二頭筋だけが発達している男だった。彼は意外と小物好きで雑貨屋巡りはしているがそれは置いといて。


「あ、あんたは!」

「君は……!」

「へ、変態だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ‼︎」

「違うって! もうまたかよおおおおおお‼︎」

「だ、だって女の子のお尻にぼ、棒を‼︎」

「お尻じゃないよ! 骨だから骨に当たってるから」


 否定するウィルに続いて。


「尾骶骨に当たってるんです! 事故なんです‼︎」


 流石に人に見られて恥ずかしいのかエナは面映おもはゆい面持ちだった。すると男性は、


「え、じ、事後なんですか? 同意の下で特殊な遊びをしていると……?」

「「いやいやいや、そうじゃない」」


 男性の聞き間違いに全力でかぶりを振って否定する二人。


「雑貨カフェだと思ったのに……くそっ! エスエムなクラブだったなんて! 嘘つきがよ! うわぁぁぁぁぁん!」


 上腕二頭筋の男は泣きながら去っていった。


「「…………」」


 呆然とする二人。そのあと、ウィルはエナに謝り倒した。

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