第11話 雑貨カフェ①

 ひよこの様な鳴き声のアラームが響き渡る。音の出所はウィルの枕元にあるデジタル時計。彼はむくりと上体を起こし、手元を見ずにアラームを止めた。


(そういえば結局あの子名前分からなかったな……いや、確か名前が無くて次会う日までに僕が考えとくって言ったんだっけ)


 ウィルは一〇年前の記憶を呼び起こす。

 しかし、もうあの地には戻れない。もっと仲良くしたかった、聞きたいことが山ほどある。しかし、考えてもらちが開かないことなのでかぶりを振って精霊の女の子のことは頭の片隅に置いた。


 ウィルは早朝からアルバイト先へと向かって行った。住宅街の東にある森林地区にて。


「ぜぇ………ぜぇ……」


 彼は息を切らす、巨木を囲む螺旋状の階段を登りながら。


「おえっ……立地が悪すぎる」

 えずきながら目的地に辿り着く。眼前にはテラスと隣接したツリーハウスがある。


「死ぬっ……」


 ウィルは木の板が張ってある床に手をつける。単純に疲れていた。登っていた木の幹は周囲四〇メートル、高さ六〇メートルの規格外の木で森林地区の中で飛び抜けて目立っている。こんな木の上方にあるツリーハウスは雑貨カフェとして使われている。まともな神経をしていればこんな所にお店は出さないだろうと誰しもが思う。


「も、もうすぐ、もうすぐでバイト先だ」


 死にそうな声を出しながら四つん這いで雑貨カフェの入り口へと近づく。

 入り口の右側に店の名前である『雑貨喫茶・悠々自適』と書いてある看板が見えた。


 ウィルは呼吸整えながら立ち上がる。その時、何者かが螺旋階段から上がってきた。


「お兄さん、おはよ――うぇ」


 そう言って現れた少女は挨拶をする最中、膝に手を当ててえずいていた。


「おはよう、エナちゃん。大丈夫?」

「大丈夫です。いつものことですから」


 彼女の名前はエナ・ユーラ。茶色のフリルパーカー、チェック柄のスカートとその下に黒タイツを着ており、髪は黒色のショートボブだ。


 二人は『雑貨喫茶・悠々自適』の店内に足を踏み入れる。その瞬間、


「ウィルちゃん、おめでとう!」

「うわっ‼︎」

「はぁ……」


 クラッカー音が響く。それにウィルは驚き、エナはため息を吐いた。店内にいるショートヘアの女性がウィルに向けてクラッカーを鳴らしたのだ。


「えっと、何がおめでとうなんですか」

「学院合格のお祝いに決まってるじゃない」

「すみません。多分落ちました」


 ウィルの言葉を聞くと女性は。ふらふらと後退りし客用の椅子に座る。


「あ、あたしの老後はどうするの……いい学校に行っていい仕事を手にしてお金持ちになって、エナと結婚してくれるんでしょ⁉︎ 義理の息子として面倒を見て!」


 ウィルにはなんのことやらさっぱり。エナはうんざりした顔をしていて。


「お母さんうるさいって、そんな約束してないでしょ。ほら、しっしっ」

「酷いわ、実の母に対して……うわーん」


 エナが手の甲を向けて追い払う仕草をする。

 椅子に座ってた人物は泣く泣く、その場を離れカウンター席越しにある厨房室に入った。彼女の名前はテレン・ユーラ。エナの母である。


「あんな扱いして大丈夫?」

「こうでもしないと静かにならないんです。それにいつものことですし――」

「お待たせ、ベーコンエッグ定食二人前!」


 ユーラは二人の会話を遮って定食をカウンター席に置いた。


「ありがとうございます」


 ウィルがカウンター席に着くとエナも彼の後に続いた。


「今日は特別にタダにしといてあげる」

「当たり前でしょ……」


 エナは母親の言ったことに呆れた。


「今日はお客さん来ると思う?」

「来るに決まってるじゃない」

「お兄さんがバイト休んでた間、一人も来なかったのに?」


 ウィルは親子の会話を流し聞きしていたが見逃せない発言があった。


「えっ! 僕が休んでた一ヶ月誰も来なかったんですか」

「そ、そんなことない! 三億人ぐらい来てました!」

 ユーラは反論した。

「来るわけないでしょ。この国の人口超えてるじゃん」

 娘に一蹴された模様。


 二人は朝食を終え、料理の仕込みを始める。なお、客が来る見込みがないのでウィルとエナが仕込んでいたのは自分達の昼食と晩食だけだった。

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