第11話

と、感傷に浸っていた。死ぬ恐怖を紛らわすために。

 だが、一瞬にしてシクは何者かに顔面を蹴られていた。シクはゴムのように弾け飛んだ。

 俺を浮かせていたオーブも力を失い、俺は自由落下を始めたが、その蹴った者は俺を抱えた。


「下等幽霊に苦戦すんなよ。ザコ」

 あの日の怪物と同じ、凶悪な猫のオーブを纏ったしなやかな体の少女。

 こいつは、少し人の力を超えたらのだった。本来のオーブを少しだけ取り戻している彼女は頭上に生えた猫耳をフードで隠していた。



 私はうらのと寿司を食べた後、灯を捜索することにした。

 私は今はかなり元の力を取り戻しているため、本体である魔導書を探すのも容易い上に、普通の人や猫に姿を切り替えることも器用にできた。猫の姿で夜行バスに侵入し、電車で魔導書のある大阪の山奥へ向かおうとしたら、空中に2人の人間が浮かされていた。しかもそのうちの1人が無様にも灯だった。

 私は電車の窓を割り、車窓から飛び出してシクを蹴り飛ばした。


 らのは俺を抱えながら、近くの高層ビルの屋上に着地した。俺を下ろすとらのは一瞬でシクのところまで跳び、腹を殴った。

 もはやビルからでは遠く見えにくいが、らのの拳から猫を彷彿させるオーブが漏れだし、シクの腹部に3本の大きな刺傷を与えた。傷口から血のようにオーブが吹き出す。そのままかかと落としでシクは俺の目の前まで蹴り落とされた。あそこまで強い気を放っていたシクも、猫に弄ばれる鼠のように無惨な姿になっていた。雲が引けて雨は降らなくなった。

 らのも屋上に着地した。

「灯、この霊は私が吸っていいな」

 らのはそう聞いてきた。

「いや、そいつは閻魔に地獄へ連れて行って貰うんだ。約束破るとちょっと良くないらしい」

「ああ、それで。灯のオーブもだいぶザコいなと思ってた。……何故、私を呼ばない。何故あんな回りくどいことをした。死なないやつは遺書なんか残さねえんだよ。まあ死にかけてたのか」

「いや死んださ。閻魔に会いに地獄言ったからな。遺書ってのは間違ってねえだろ」

「遺書残すなら戻ってくんなよ。それと、何で未だに魔導書を持っていない」

 質問ばっかりのらの。不安かけてしまったんだな。


 俺はシクのところまで近寄った。

 シクは生気のようなものを無くし、干からびた状態で屋上に横たわっていた。


「シク……。関与するなとか、無理言うなよ。お前が幽霊で俺が霊媒師である限り、争いは終わらない。お前と同じで、俺だって家族がいた。守りたいものも。……ごめんな」

 俺は印相を結び、シクの横たわるコンクリートの床を地獄の門に変えた。門は開くとシクは門の奥深くの地獄まで運ばれた。

「閻魔様。シクの霊体をお送りします」

 俺はそう伝えると門は消え、コンクリの床に戻った。

 同時に閻魔に捧げたオーブが全て戻ってきた。帰ってこないものだと思っていたんだが……。


「らの、帰ろうか」

「うん。……。」

 らのは黙ったままこちらを見ている。いつも寡黙ならのだが、今のは何か伝えたがってる。

「他に質問あるのか」

「あのさ。私、怪物として生まれて、罪の重さも知ってて。でもこうやって人間として学校に通って、灯の仕事も手伝ってて。だから……、人間として行きたいんだ」


 なんでそんな。

 急にそういう事を言うな。

 どうすれば

 らのは娘で

 怪物



「……お前は、人間には……なれねえよ。想像体なんだから。冗談は似合わないぞ」

 俺はそう答えた。らのの顔は見れなかった。


 らのは先に魔導書に戻っていった。

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