第10話
急に大きな衝撃が鳴ったかと思えば、シクは周辺の木を操り一条を叩き潰そうと襲いかかっていた。木はメキメキと音を立てて倒れ、一条は人間離れした動体視力で躱していく。
俺もあの攻撃を喰らったが、躱すなんてことはできなかった。ずっと遠距離でシクのオーブを少しずつ削ることで封印した。
一条は木の攻撃で距離を離されしまったが、次は倒れる木々に飛び乗りながらシクに接近した。
この動き……。もしらのをここに読んでいたなら、彼女も同じように戦っていただろう。
前回のシク戦で俺は迷ってしまった。霊と人間の関わり方について。
でもらのをここに読んでいたら、らのとの関わり方もここで迷ってしまって、潤滑にシクと戦えないかもしれなかった。だから、らのには来て欲しくなかったんだ。
らのって味方なのか……? 敵なのか。
気づくとシクは再び鎌倉大仏の右手に掴まれ身動きが取れなくなっていた。
「重紙さん!!」
一条はこちらを見て叫んだ。閻魔を呼び出していい合図だ。
……いや、違う。
一条はそんな顔をしていない。そして俺を呼ぶその言葉の文字オーブに含まれていたのは悲壮感だった。あのとき、僕が悩みに悩んだ時のような。
「シクのこと……本当に地獄なんかに送っていいんですか!?」
そう訴えかける一条は涙を流していた。俺と一緒だ。
俺にも見えるんだ。シクを庇う子供幽霊の姿が。
他の幽霊もトンネルの中から不安そうにシクを見ている。
「……。全員地獄送りだ」
俺は印相を結ぼうとした。
しかし遅かったのか一条の頭上から大木が落下してきて、一条は下敷きになってしまった。これは即死じゃないか。
と思ったが、大仏の左手で塞がれており、一条は無傷のようだ。
だが、後ろから二体の幽霊が飛びかかった。
急な気配に俺はぎりぎり避け、除霊の護符を即座にかざして祓った。しかしもう一体の霊は夜奈に取り憑いてしまった。
「帰りたい……。家に子供が待ってるー!」
夜奈は急に顔をクシャクシャにして号泣し出して崩れるように叫んだ。
ちなみにだが、彼女には子供も旦那もいない。取り憑いた幽霊の生前の記憶だ。
それとは別に、シクは今まで以上にオーブを多く放出した。天を覆っていたドーム状の膜は消えていた。
「
シクはそう唱えると、強力なオーブを飛ばし、一条と俺を縛り付けると宙に浮かせた。
「貴方タチガ喧嘩ヲ売ッテいるノハ、高等地縛霊ダ」
シクはそう言葉にもならないカサついた声で俺らを持ち上げると、一瞬で上空まで飛ばした。
一気に景色が変わり、地面が遠のく。大阪の山も市街地も見渡せる距離だ。シクも追いかけるように上空まで上ってくる。
地上の人からしたらギリギリ目視できるくらいの距離だ。俺たちはここでオーブに腰を締め付けられ浮かされたまま。一般人にはシクが見えなくても俺たち人間は見えるんだろうな。そうしたら動画撮られてネットに上がるのかな……。
「私ノ雨は、雲から近い距離デ浴ビルと、麻痺ヲ超えル痛みヲ与ヘル」
「高……徳……」
一条は大仏の腕を召喚してシクを掴もうとしたが、シクは両手で弾き飛ばした。
そして、一瞬にして天を気味の悪い灰色の雲が覆った。その雲から濁った雨が降り注いだ。
その雨一粒一粒が針のように体を痛めつける。俺は顔を歪めて悶えることしか出来なかったが、一条は怒りに似た執念の眼差しでシクを見ている。
「……シク、あなたは成仏すべきです」
一条は対話を始めた。
無駄だ。人以外に人の理屈で対話をしても無理なんだ。どんなに生前に人だったとしても。
シクは人の面影は無い。言ってしまえば、らのと同じ怪物だ。
一条の歩み寄りも虚しく、シクは一条を殴り落とした。
流石にこの高さから落とされたのだ。意識を確かにして体勢を整えないと死ぬ。
と、不安になるのも杞憂で、大仏の両手を門から呼び出して自身の体を回収していた。
心配すべきは自分だ。次は俺が叩き落とされる。
「貴方ハ、トンネルの子タチヲ気遣って、私ヲ地獄デなくて現地ニ封印するに留メテクレタナ。ソレダケは感謝シテイル。……優シイ人間ダッタ」
……え?
霊体がそんな事を……?
「二度ト私たちニ関与シナイナラ、このまま地元まデ送る。答えてクレ」
交渉か? 俺がシクとトンネルの幽霊達に関与せず、地獄へも送らない。
こいつらも除霊されたくないんだもんな……。 お互い不干渉でいれば良いのか。
いや、
「君らが住むべき場所はあの世だ。俺が地獄に送ってやる。強制成仏だ」
俺はそう答えた。
案の定、シクを怒らせたか。シクは俺を殴りかかった。
このまま落とされるのか。
らの。やっぱり俺は冗談じゃなく本当に死ぬっぽいわ。
おじいちゃん、光梨、俺も今すぐ──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます