第6話

 万物は鏡成り得る。

 汗水垂らし、物を磨き上げた結果、そこには努力した己が映るだろう。


 という言葉を聞いたことがある。

 多分昔の人間が銅鏡の反射の仕組みを理解し、この仕組みが木や石にも適用できるだろうという理想なのだろう。


 しかし目の前にある鏡は私の顔を映してくれない。

「私がだれか分からないのか」

 鏡の中の女は不思議そうに私を見る。しかし

「まあ確かに、よく見れば姿形違うか」

 と納得した。


「さっさと話せよ。お前は──」

 私はだんだんイライラしてきたが、彼女はまるで鏡を貫通するようにして手をこちらへ伸ばしてきた。

 そのまままるで鏡が窓のようになり、彼女はこちらへ「よいしょ」と言いながらやってきた。


「はあ。らのって怪物の癖に呪いにかかるんだね。意外とザコキャラ?」

 女はそう言ってきた。

「私がザコだと思うなら私をやってみろよ」

「あああ待って待って。今から話すから」

 彼女はそう言うと、洗面台に腰をかけて続けた。

「わたしはらのあんたの裏側。この際、裏側のらのって事で『うらの』って呼んでもいいよ」

「裏側のらの……?」

「そう。私はあんたを殺すか鏡の世界に閉じ込めるか、どっちかをしにこの世界に来たの」

 うらのはそう言い私のこめかみを人差し指で突いた。殺すって、私は想像体だぞ。

 私もそろそろ理解してきた。

 鏡が映していたのは私の裏側というのは、私の内部のことだろう。

 私の表面と内部が分離したこと、そして呪いにかかったことが重なって、私はもう1人のらのを作り出してしまった。

 じゃあこの鏡からやって来たうらのは何が目的なのか。

 それは私が内部の自分を表面の自分が押し殺してしまったから、抜け出すためにやってきたのだろう。


 この事件は灯から聞かされたことがある。自分の夢を諦められない子供心と、諦めなきゃいけない大人の自分が同時に存在してしまった時、鏡に自分の幼少期の姿が映っていたこと。

 他にもイジメを受けている学生が、イジメの主犯格にやり返してやりたい気持ちと、その気持ちを押さえ込もうとするのが混ざりあっていた時、鏡に凶器を持った自分が移り、そいつが自分を鏡に引きずり込もうとしてきたこと。

 しかしこの現象を引き起こすトリガーとなるのは、鏡の呪いだ。呪いなくしてこの怪奇現象は起こらない。


 そうだ、それよりも私はしなきゃいけないことがある。

 灯の安否が不明なんだ。私は今できることをしなきゃ。

「灯は死ぬわけない。そうでしょ?」

 うらのは言った。

「それは……。そう信じてるけど、今魔導書は天狗が持っていて、灯の安否は分からない。」

「やっぱ、表の私は怪物の癖に動揺にも弱いのか。もう1回あの遺書読みなよ」


 私とうらのはリビングへ行き、手紙を取った。


「灯から教わったでしょうよ。何でも言葉の表面だけを信じるなって」


 灯はいつも依頼人の言葉をほとんど信じていない。依頼人が何故その言葉を話したのか、理由を予測して依頼人の本意を見抜く。


「灯がこの遺書を書いた本意は何? ……て、正直素人には難しいし、それは灯だけの専売特許だけど、らのは別の方法で読めるはず」

「『文字オーブ』?」

「そう」


 文字オーブか。

 正直火オーブとか水オーブみたいな自然に目で見える物は扱いやすいんだけど、文字オーブって難しい。

 でも私は少し封印を解き、10%の力を持っている。だから、オーブの扱いは幾分か楽になっていた。


 私は力を抜いて遺書を読んだ。

 文字を脳に入れるが、意味は一切考慮しない。そうではなく、この文字の向こう側にある、裏側の意味を……。

 そもそも何で灯はここに手紙で遺した。もう少しやり方があるだろ。

 本当に今日自分が死ぬかもしれないと思っていたら、もっとやることがあるはずだ。灯の親戚への挨拶はどうした。

 こんな遺書。遺書のつもりで書かれていない。


『合格』

 そう、文字オーブが伝えてきた。


「ちゃんと文字オーブを感じれるか、灯は試したんだね」

 うらのは言った。

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