第3話
月見は両親に対してそんな良い印象はなかった。神経質な父と完璧主義者の母に育てられ、暴力は振るわれないものの、成績表を見てため息を吐いたり学力への圧力は酷かった。しかし祖父母は味方でいてくれた。幼少期に急に祖父に家から連れ出されたかと思えば、自転車のシートに乗せられて遠くの公園に連れて行ってもらったこと。女の子だからと両親に反対されていた戦隊系のショーに連れて行って貰ったこと。親が絶対に食べさせてくれない、ちょっとばかり不健康な食べ物を祖母が作ってくれて食べさせてくれたこと。親の愚痴を聞いてくれたこと。祖父母が月見の心の支えだったそうだ。小さい時に祖父が老衰で亡くなったときに祖母だって悲しいのに、私に負担をかけないように私には笑顔でいてくれたくらい祖母は月見を大切にしていた。
ある日から祖母は加齢による血圧の異常で入院していた。とは言っても本来は1ヶ月もしないで退院出来るほどの軽い症状だったらしい。しかし容態が急変しそのまま亡くなってしまったと。祖母を看取ったのは月見だけだった。この時月見がもっと正しい判断で早く医者を呼んだりしていれば祖母は助かっていたかもしれない。だから祖母は月見を呪っていると感じているらしい。
圧倒的精神病じゃないかと思った。
「月見さんのおばあさんは月見さんを恨んだりしていないですよ。『今でも大事な孫だ』って言っています」
私はそんなような嘘を言った。
「……そ、そうなんですか? 私、おばあちゃんに謝りたくて!」
月見は涙を流しながらそう言い、こう続けた。
「私が死なせちゃったから……!」
大切な祖母の死というストレスから逃げるために、そのストレスを思い出すきっかけである祖母の顔を脳が勝手に拒否しているのか。
ではこのストレスを軽減してあげたら、一時的に解決出来るのではないか。
私は『安らぎの儀』を行うことにした。この儀式を行えばストレスを緩和させ、一時的に祖母の顔が見れるかもしれない。
しかしこの儀式は依存性が高い。多くの宗教団体で入信者を増やすために多用されている儀式だ。これにハマってしまえば、盲信的にこの儀式に頼ってしまい抜け出せなくなる。
「今一瞬だけですけど、心がリラックスする儀式をします。でも1度だけですよ」
私はそう伝えた。
「はい。でもそうするとどうなりますか……?」
「一時的に写真がちゃんと見れるようになるかもしれません。私も未熟なので失敗するかもしれないですが、どうしますか?」
私はそう言った。
「失敗しても構いません。一時的でも。なので……お願いします」
月見は頭を下げてきた。
私は灯が部屋に置いていった鞄を漁り、日本酒と護摩と護符を取り出した。
床にナプキンを敷き、上に盃を乗せて酒を注ぐ。護摩は燃やさなければならないため、家に火が付かないように、もう一杯の盃を用意しその上に護摩を置きライターで着火した。
そのナプキンを挟むように私と月見は向き合って正座で座った。
「『安らぎの儀』を始めます」
私は右手で護符を持ちながら、左手で月見の頭に触れた。この護符には十文字くらいの漢字から書かれているが、この中の『明回』という漢字が儀式のミソとなる重要な文字である。
「あ、待ってください」
月見は頭に乗せられた私の手を退けると、自分で何度か頭を軽く叩いた。そして、
「もう少し、真ん中に手を置いてもらえますか?」
そう頼まれた。
少しびっくりしたが、気を取り直して左手を月見の頭に乗せた。すこし気が引き締まらないが、続けよう。
「明回様。唯名月見に安らぎを与えるため力を下さい」
そう言うと、月見の脳天から負のオーブが放出された。そのオーブは渦を巻きながら護符の中へ入る。正直この動作にあまり意味はない。『明回様』とやらが存在するかも証明できない。しかし人や物だけでなくそれ以外の全てが保有している『オーブ』を護符へ吸収させるという作業がしたかっただけだ。
しかし、このような儀式まがいの行為をすることで雰囲気作りとなる。リラックスにはまず雰囲気が重要なのだ。
この次はこの酒を飲ませる。小学生に飲ませるのも気が引けるがこれで儀式が完成する。
これは一般人もやっているそうだ。疲れを癒すためのルーティンとして酒を飲み、脳を少し朦朧とさせリラックスする。
「それでは、月見さんはまだ未成年ですが、ほんの少しでいいのでこの日本酒を口に──」
「待て。」
後ろには灯がいた。
「月見ちゃん。お酒は飲まなくていいよ」
灯は盃を取り上げようとしたが、月見が先に酒を取った。
「何でですか……。重紙さんたち」
「灯、なんで……?」
私と月見は聞くが、灯は非常に焦っているようだった。
「らの、荷物をまとめてくれ。今日は帰るぞ」
灯は脂汗を浮かべている。今は話せなくても相当な事情と見ていいのだろう。
「わ、分かった」
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