第2話

 私は部活に入っていないし、放課後遊ぶ友達もいないから、約束通りはやく帰宅した。


「流石に早ぇよ」

 灯は家で新聞を見ながら言った。時計は16:30を指していた。


 灯は明回重紙神社めいかいかさねがみじんじゃの神主を継ぎ、かつオカルト研究の専門家をやっている。また収入のメインは保有している株式の配当金なのだとか。詳細や家系についてはよく知らない。


 私が早く帰ってくるように言われたのは、私を社会に馴染ませるために灯の仕事を見せ手伝わせたいらしい。灯の元に来るオカルト現象の相談を解決しにいく。その仕事をただ見せられる。


 今日は女子小学生の相談を受けに家に行くらしい。

「まあ、らのも見た目は女子高生なわけだし、同じ性別どうし話も合うだろうね。俺が1人でやるよりもいいかも」

 灯にしては喜ばせてくれる。

 17:15になると私と灯は家を出て車に乗った。

「今日の依頼人の『唯名ただな月見つきみ』 おばあちゃんが最近病死してから、そのおばあちゃんの顔写真を見るとその顔がモザイクがかかって見えるんだとよ」

 灯はいつも車内で依頼内容を話してくる。

「モザイクってテレビでよくあるやつ? それともガラスとか貝殻の──」

「テレビの方だ」

「ああ、そっか。……で勝手に顔にモザイク編集がかかると」

「んまあ編集というかなんと言うか……」

 灯は何やら困っていたが「まあそれで良いだろう」と納得した。

 でもこれは怪奇現象なのだろうか。我々の専門範囲なのだろうか。精神疾患による幻覚の方が可能性は高そうに感じる。


 10分くらい車を走らせると、依頼人の家へ到着した。

 私と灯は玄関の前で横に立った。インターホンを押したのは灯である。私はインターホンを押すのが怖くて出来ない。

 玄関から出来たのは30代後半の女性だ。母親だろうか。

「重紙さんですね」

 女性はそう言った。

「はい。明回重紙神社の重紙と申します」

 重紙は手帳型スマホケースのカードポケットから名刺を取り出し、女性に渡した。

「よろしくお願いします。唯名と申します。今日お願いしたいのは私の娘でして、とりあえず会って頂けますか」

 そう母親に言われ、私たちは家の中に入った。


「あ、どうもこんにちは」

 遅れて女子小学生も玄関にやってきた。この子が月見か。

 月見は私たちをリビングに招き入れると、玄関の鍵を閉めた。


 家のリビングに4人用の机があり、私と灯、相手は母親と月見本人が隣合うようにして座った。

 月見はこの問題に対して負担は感じているとは言えど、そこまで思い詰めている様子は感じられなかった。しかも小学5年という未熟な年齢にしては私よりも言葉遣いがしっかりしている。一方母親の方はこの一件にどのような気持ちでいるのかが分からない。子供の症状に心配になっているのか、それともオカルト現象を信じない故に真面目にこの一件に向き合おうとはしていないのか。


 月見の症状の説明をまとめる。

 月見は祖母を亡くしてから、祖母の顔写真を見た時に顔がモザイクのようなモヤがかかって見え直視出来なくなったらしい。これは月見曰く、祖母に恨まれているからだという。今でも祖母の霊は家で月見を見ているそうだ。


 月見は母をリビングに残し、私と灯を自室に招待してくれた。一緒に写真を見て欲しいらしい。

 3人で階段を上り部屋の前まで来た。

 うわっ。女の子の部屋の匂いだ。……違う違う。

 月見の部屋は匂いはともあれ、家具の配置などは大きな特徴はない。しかし感じるのは対称性だ。なんというか、ベッドや机の上の物や棚の上のものが左右対称に置かれている。


「月見ちゃん、入ってもいい?」

 灯が言うと

「待って!」

 と、女子小学生に拒否られていた。

 月見は部屋の入口の足元にあるアルコールスプレーを拾い上げた。

「除菌だけしてもいいですか?」

 月見はこちらにスプレーを向けてきた。灯は心做しか自分の服の臭いを嗅いだ。

「ああ! 違うんですそうじゃなくてっ!」

 月見は焦って謝りだした。いい子だなこの子。

「あの、私でも家族でも誰でも私の部屋は除菌してから入ってもらってるんです。そうじゃないと……」

 月見はそう説明した。潔癖症というやつか

「そかそかごめんね。全然大丈夫だから除菌するよ」

 と、我々3人はアルコールスプレーを浴び、部屋に入れさせてもらった。

「すみません、お茶も出せないし座るところも座布団もなくて」

 月見はそんなこんなで立派な大人のようなムーブを噛ましながら、机から4枚の写真を出した。

「この……写真が」

 月見は灯に写真を渡した。私も隣から写真を覗いた。

 どれもこれも優しそうな笑顔のおばあさんと今より幼くなった月見の写真だ。

「顔見えるよな」

 灯は聞いてた。私は頷く。

「月見ちゃんには辛いかもしれないけど、俺達にはおばあちゃんの姿が見えるんだ」

 灯は申し訳なさそうに告げた。

「やっぱり、そうですよね」

 月見は俯いてしまった。

「月見ちゃんは、本当におばあちゃんが幽霊になって月見ちゃんを呪っていると思うの?」

「はい。私は……おばあちゃんを助けられなかったんです」

 月見はそう言うと泣き出してしまった。

「助けるって……」

 灯は困ったのか私の顔をチラチラ見てきた。灯はこの症状が一切霊的現象ではないから困っているのだ。

 灯は人差し指で下を指した。恐らく1階の母親と話したいのだろう。ていうことは私はここに取り残され、泣いている女子小学生と2人きりになるという事だ。

 私は分かりやすく苦笑いし、首を横に振った。

 しかし灯は口で「a」「o」「u」の形をさせた。「頼む」とでも言いたいのか。いや「アイス」と言ったのだろう、きっとそうだ。終わったら量が少なくて高い高級なアイスを用意させよう。

 私は頭を片手でかきながら頷き了承した。


「月見ちゃん、辛いこと思い出させてごめんね。今からこのお姉さんがお祈りしておばあちゃんとお話したり、月見ちゃんをリラックスさせたりしようかなっておもうんだけど。それでいいかな」

 灯はそう説明した。

「はい……大丈夫です。こちらも泣いてしまってすみませんでした」


 灯は鞄から除霊やら儀式を行うためのものを全て出して床に置いた。

 私は重紙流の儀式はある程度身につけている。

「じゃあ俺はお母さんと少しお話してくるね」

 灯はそう言うと部屋を出た。


「じゃ、じゃあまずは対話儀式からします」

 私は裏返った声で言った。

 線香に火をつける。この儀式は意味が一切存在しない儀式だ。この部屋に特殊なオーブは感じられないし、絶対に幽霊はここにいない。だからただの月見の気を紛らわせるだけだ。

 しかし人間というのは意味がなくてもこういった胡散臭い雰囲気に酔うのか、月見は床に正座し目を閉じた。

 とは言えど、そろそろこの沈黙が私にとって気まずくなってきた。でも私にトーク力はない。トーク力と言えばクラスメイトのカコだ。彼女ならここでどうするだろうか。音楽の話題はここでは合わないし、好きな男の話題もここでは不適切だ。

 私はここで1つ思いついた。

「おばあさんとの楽しい思い出とかない?」

「へ?」

 こんな無表情の緘黙な人が急に話したからか、月見は少し驚いていた。

「あ、あ、あ、えっと」

 あたふたする私に

「ああ思い出ですか。ありますよ?」

 月見は楽しそうな顔で語り出した。

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