第5話 「好き」


「それでは、各所に国王の快復の兆しを伝えて参りますので」


 お城に戻ってすぐに、わたしたちは来牙くんのお父さんに花の蜜を飲ませた。

 すると、苦しそうだった顔がたちまち穏やかになって、すぐに寝てしまったけれど。お医者さんによれば、ようやくゆっくり眠れるようになったと。少し静養すれば、すぐに元気になるだろうとのことだ。


 なので国王の寝室を出たところで、軽い足取りのリュコスさんを見送っていた時だった。


 バッと来牙くんがわたしの手を掴んでくる。


「なんだよ、この手は……(めちゃくちゃ痛そうじゃねーか)」

「えぇーっと、気が付かないうちに崖とか草で切れちゃっていたようで……」


 ずっと興奮しっぱなしだったから、ぜんぜん気が付かなかったよ。

 言われてみれば、手がものすごく痛い気がする。でもひどい所だけ絆創膏を貼ればいいかな、とか、その程度の怪我。


 それなのに、来牙くんはとてもツラそうな顔をしていた。


「なんで、おまえにはなんも関係ねーじゃ――」

「何回も言っているでしょ。来牙くんのお父さんのことなのに、関係ないわけないよ」


 あれかな……ここはわたしの暮らす世界じゃないから、とか、種族が違うのに、とか、そんなことをずっと気にしているのかな? 


 わたしは何回も言っているのにね。

 狼でも、獣人とのハーフでも、王子様でも、来牙くんはわたしの幼馴染だって。


「それに昔、おばあちゃんに言われたことがあるの。『胡桃の笑顔はどんな薬より効く』って。だけど、いくらわたしが一生懸命に笑っていても、おばあちゃんは死んじゃったから……」


 わたしが大好きだったおばあちゃんは、三年前に亡くなってしまっている。

 ずっと病気を患っていたんだって。

 それでも一生懸命、わたしが赤ちゃんの頃から遊んでくれていたんだって。

 最後の方はずっと入退院を繰り返していて、見るからに苦しそうだったんだけど……わたしが悲しい顔をしていた時に、おばあちゃんがそう言ってくれたの。


 だから、なるべくいつも笑っていようって。

 たとえおばあちゃんが死んじゃった今でも、おばあちゃんが好きでいてくれたわたしでいたいなって、そう思って。


「わたし、来牙くんにはあんな悲しい思いをしてもらいたくなかったから!」


 だから、わたしがにっこりと笑って見せれば。

 来牙くんが髪の毛をわしゃわしゃ掻きむしっていた。


(好きだ……どうしようもなく、俺は胡桃が好きだ)

「えっ?」


 来牙くん……今、なんて言ったの?

 好き?

 わたしのことが……好き⁉


「わ、わたしも来牙くんのことが、好きだよ⁉」

「は、おまえ何を言って……」


 途端、来牙くんの顔が真っ赤になる。

 そして「待て」と言わんばなりに両手のひらをこちらに向けた。


「説明させてくれ。おまえにはおそらく聖女の力がある」

「聖女?」


 わたしが小首を傾げると、来牙くんが頷いてくれた。


「この国の伝説的な存在なんだけど……国に危機が訪れた時に、異世界の特別な力をもった聖女が助けてくれるというものなんだ」


 なんかもしかして……わたしってすっごい人だったりするの?


「うっそだー⁉」

「おまえ昔から、動物の言っていることがなんとなくわかるって言ってただろ?」


 今度はわたしが頷けば、来牙くんは言いづらそうに続ける。


「おそらくそれが、この世界に来て、強くなって……俺ら獣の心の声が聞こえるようになったのかと……(ちなみに、伝承には聖女は国王と結婚することになっていて。いまのところ、父上の子供は俺しかいないから……国王も、俺がなるかもしれなくて……)

「わたし、来牙くんと結婚するの⁉」

「だから心を読むな! もういい、帰る! 帰るぞ‼」


 途端、来牙くんの身体が再び光り出す。そんな来牙くんにぎゅうっと抱きしめられてしまって……もうわたしの心も頭もパニックだ。


「なになに、どうなってるの⁉」

「細かいことは気にするな。世界渡りの術――王族にだけ使える力だ」

「気にするなって、そんなの無茶な~~‼」


 そう叫んでいる間に、まわりがどんどん眩しくなっていく。


 キーンコーンカーンコーン。


 わたしが目を開けた瞬間、チャイムの音が聞こえた。

 いつもの通学路。チャイムの音はわたしの学校のもののようだ。


 学校の時計を見れば――あっ、授業開始の時間だ⁉


 道には二個のランドセルが投げ捨てられていた。わたしのと、来牙くんの物。そのそばでは割れた眼鏡も落ちている。


 まぁ、伊達眼鏡だといっていたけど……今度弁償したほうがいいかな?


「あっちの世界とこっちの世界は時間の流れが大きく異なっていてな。向こうにいたとて、こちらじゃ数分……今回もこっちじゃまだ五分も経ってなかったようだな」


 そう説明してくれた来牙くんは自分のランドセルを背負って、学校とは逆方向を向いてしまった。そして片手を振ってくる。


「じゃ、そういうわけで俺は帰るから」

「えっ、待って? 学校は⁉」

「もう遅刻じゃねーか、めんどくせー。今日はサボる」

「ずる休みはダメだよ~」


 その後、わたしたちは一緒に遅刻して、一緒に先生に怒られた。

 この世界じゃ、来牙くんの心の声は聞こえないけれど。

 授業中、じーっと見ていたら振り返った来牙くんが口パクしてくれる。


(なんだよ……⁉)


 半分狼さんだから、普通のひとより音や気配に敏感なのかな?

 だから試しに、私がすごく小さな声で「好き」と呟いたら、顔を真っ赤にした来牙くんがガバッと机に伏せってしまった。


           《短編版・わたしの幼馴染はモフモフ王国の王子様! 完》

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わたしの幼馴染はモフモフ王国の王子様! ゆいレギナ @regina

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