第39話 14日目(金) 十色市旅行編⑧

 しゃんしゃん祭りの時間になるまで俺たちは部屋でまったりと過ごしていた。

「さて、そろそろ準備をして行きますか?」

「え、もうそんな時間?」

「後、十五分くらいで始まりますね」

「準備しないとじゃん!」

「そうね。準備しましょうか」

「櫂君の分の浴衣もありますから着てくださいね?」

「俺の分もあるのか?」

「もちろんですよ」


 そう言って有紀はキャリーケースの中から俺と自分の分の浴衣を取り出して渡してきた。

「ちゃんと櫂君に似合いそうなやつを選びましたから安心してください」

「なんか悪いな。ありがとう」

「いいのですよ。私が着てほしくて勝手に買ったのですから」

「ちゃんとお返しはするから」

「そんなのいいです。櫂君の浴衣姿を見ることが出来たらそれだけで十分です」

「有紀がそれでよくても俺がよくないの」


 有紀がプレゼントしてくれたのはめっちゃ高そうな紺色の浴衣だった。

 一体いくらしたのか。

 俺の性格を知っているからか有紀はそれ以上何も言ってこなかった。


「ありがとな。大事に着させてもらう」

「はい」

 早速俺は浴衣に着替え始めた。


「私たちも着替えましょう」

「そうね」


 三人も浴衣に着替え始めた。

 旅館のやつではなく持参したやつだ。

 彩海が赤色、有紀が白色、アリスが黒色の浴衣だった。


「どう? 私たちの浴衣?」

「可愛いよ」

「ありがと♡」

「ありがとうございます♡」

「ありがとう!」

「この日のために買った甲斐がありましたね」

「そうね。さて、それじゃあ、お祭りに行きましょうか」

「行きたいー!」

「そうだな。行くか」


 部屋を出てフロントに向かった。

 フロントには誰もいなかった。 

 有紀が呼び出し用の鐘を鳴らすと、すぐに若女将がやってきた。


「お待たせしました。お出かけですか?」

「はい。しゃんしゃん祭りというのに行ってきます」

「しゃんしゃん祭りに行かれるのですね! いいですね! とても素敵ですから、ぜひ楽しんでくださいね!」

「ありがとうございます。行ってきます」

 俺たちは若女将に手を振って旅館を後にした。


「祭りはこの近くで行われるのか?」

「そうね。だから、この旅館にしてもらったんだもの」

「そうなのか?」

「はい。すぐに着くと思いますよ」

「道案内よろしく〜!」

「分かりました」


 有紀の道案内で俺たちはしゃんしゃん祭りの会場に向かった。

 二人の言う通りしゃんしゃん祭りの会場にはすぐに到着した。


「お〜! 結構賑わってるね〜!」

「ですね。お祭りって感じがしますね」

 歩行者用道路にたくさんの屋台が出ていて、はぐれたら探すのが大変そうなほど人がいた。


「三人とも俺から離れるなよ?」

 それに祭りといえばナンパは定番な展開だ。

 はぐれたら絶対にナンパをされるに決まっている。


「は〜い」

「そんなに心配なら手を繋ぐ?」

「そうしたいところだが三人とは繋げないからな。俺の手は二つしかないし」

「それはそうね。仕方がないから櫂から絶対に離れないようにしましょう。特に彩海」

「分かってるよ! ちゃんとみんなと一緒に行動するから」

「彩海ちゃんはいつもお祭りの時に迷子になっちゃいますからね」

「そうなのか?」

「そうなのよ。彩海はお祭り好きだから。目を離すとすぐにフラッとどこかに行っちゃうのよ」

「今日は大丈夫だから!」

「本当ですか?」

 有紀が彩海にジト目を向けた。


「本当だって! 信じてよ!」

「信じますからね?」

「うん! 任せて!」


 彩海はトンっと胸を叩いた。

 これだけ自信満々に言うのだから大丈夫なのだろう。


「まぁ、はぐれても絶対俺が見つけるから」

「うん! 櫂なら見つけてくれるって信じてる!」

「彩海だけじゃなくて、もちろん私たちのことも見つけてくれるのよね?」

「あたりまえだろ」

「まぁ、櫂から離れるつもりは一ミリもないけどね♡」


 そう言ってアリスは俺の腕に抱き着いていた。

 この場所は絶対に譲らないと言わんばかりに俺の腕をしっかりと掴んでいる。


「それで、傘踊りっていうのはいつから始まるんだ?」

「たしか十八時からだったと思います」

「てことはまだ三十分くらい時間があるのか」

「そうですね」

「まぁ、屋台でご飯を買って食べてればすぐに時間になるでしょ」

「そうだな」

「ねぇ、そろそろ行ってもいい!?」


 目をキラキラとさせている彩海を見て本当に祭りが好きなんだと思った。

 ゲームをしている時くらい目を輝かせている。


「そうね。行きましょうか」

「やった~!」

 今にも走ってこの場から立ち去りそうな勢いをしていた彩海の手を有紀がしっかりと握って引き留めた。


「さっき言ったばかりじゃないですか。彩海ちゃん」

「ごめん……」

「はぐれないようにしっかりと手を繋いでおきますから、一緒に回りましょう」

「は~い」


 有紀が手を繋いでいるならもう心配はないだろう。

 もちろんそれで安心することなく二人から目を離さないつもりだ。

 俺たちは屋台を回り始めた。


「とりあえず、夕飯を買う?」

「そうだな。お腹空いたしな」

「何食べますか?」

「結構いろんなの売ってるな」

「彩海ちゃんは何が食べていですか?」

「お祭りといったらやっぱりトルネードポテトでしょ!」

「いや、焼きそばだろ」

「からあげじゃないの?」

「いえ、絶対にチーズハットグです」


 お互いに自分の食べたい物を言い合った俺たち。

 だからといって喧嘩になるわけではない。

 なぜなら……。


「それじゃあ、全部買いましょうか」

「そうですね。そうしましょう」


 こうなるからだ。

 意見が分かれても必ずアリスか有紀が喧嘩にならないようにまとめてくれる。

 だから俺たちはこれまでに一度も喧嘩というものをしたことがない。

 俺たちはそれぞれが食べたい物を順番に買っていった。

 そして傘踊りが始まるまで屋台を見て回った。


「あ、ヨーヨーすくいがあるよ!」

「やりたいのですか?」

「やりたい!」

「相変わらず好きね。ヨーヨーすくい」

「だって、楽しくない? ヨーヨーすくい!」

「楽しいか?」

「ダメだな~。櫂。子供心忘れてるでしょ? ま、やってみたら分かるって! 楽しいから!」


 彩海はヨーヨーすくいの屋台に向かった。

 ヨーヨーすくいをやっているのは当然、子供ばかりだった。

 そんな中に混じって彩海は満面の笑みを浮かべてヨーヨーすくいをやっている。


「ちぎれた~」

「全然取れない~」


 彩海と一緒にヨーヨーすくいをやっていた子供たちが失敗をして悲しそうな声を上げていた。

「君たち、お姉ちゃんがヨーヨーを取ってあげる!」 

 そう言って彩海はいとも簡単にヨーヨーを取った。

 しかも二つ同時という神業に近いことをやってのけた。


「お姉ちゃんすごい!」

「二つ同時に取るなんて神じゃん!」


 子供たちから尊敬の眼差しを向けられて、彩海はニコニコと嬉しそうにしていた。

 彩海が子供たちにヨーヨーを渡すと、ヨーヨーをもらった子供たちは満面の笑みで立ち去って行った。 


「可愛かったな~。あの子たち」

「彩海って子供好きなのか?」

「好きだよ! だって、可愛くない? 見てるだけで癒されるよ!」

「そうなんだな」

「いつか櫂の子供も欲しいな~。なんてね! さ、ヨーヨー取ろ~っと!」


 少し恥ずかしそうに頬を赤くした彩海は自分の分のヨーヨーを取り始めた。


「私も櫂の子供欲しい♡」

「私もです♡」

 俺の腕にピッタリと抱き着いているアリスと有紀がねだるような声で言ってきた。


「俺たちの間に子供ができたら絶対にゲーマーになるな」

「ふふ、そうですね」

「たしかに言えてるわね」


 俺たちは笑い合った。

 子供が出来るかどうかは分からないが、もし出来たとしたらゲーマーになるのは確実だろう。

 彩海がヨーヨーを取り、俺たちはヨーヨーすくいの屋台を後にした。


☆☆☆


 残り二話!

 皆さんはお祭りといえば何を食べますか?やりますか?

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