第34話 13日目(木) 十色市旅行編③

「よ~し! 日焼け止めクリームを塗ったし、海に入るよ~!」

「彩海ちゃん。海に入る前に準備運動をしましょう」

「そうよ。しっかり準備運動しないと遊んでる途中に足つるわよ」

「そんな本気で泳ぐわけじゃないから大丈夫だって~」

「それでも準備運動はしっかりしましょう。普段ゲームばかりしていてあまり動いていないんですから」

「仕方ないな~」


 海に向かおうとしていた彩海はしぶしぶといった感じで俺たちの輪の中に戻って来た。

 有紀を中心に俺たちはしっかりと準備運動をした。


「準備運動もしたし、今度こそ海に入ってもいいよね!?」

「えぇ、いいわよ」

「やった~! 櫂! 行くよ!」

「あぁ、行くか!」

 俺は彩海と一緒に海に飛び込んだ。


「冷たい~! 気持ちいい~! 最高!」

「だな!」

「えい!」

 彩海がいきなり水をかけてきた。


「やったな!」

 俺も彩海に水をかけかえした。


「あはは、楽しい~!」

「海。いいな」

「そういえば櫂は海に入るの初めてだっけ?」

「そうだな」

「楽しいでしょ? 海」

「あぁ、楽しいな」


(まぁ、楽しいのは彩海たちと一緒だからだろうけどな) 

 一人で来るのと仲のいい友達と一緒に来るのとでは全然違うだろう。


「ちなみに櫂は泳げるの?」

「中学の授業以来泳いでないからな。中学の時は泳げてたけど、今は泳げるか分からないな。彩海は泳げるのか?」

「泳げるよ~。こうみえて運動神経良いんだよ。私!」

「知ってる。体育でいつも目立ってるもんな」

 彩海は体育の授業でよく活躍していた。

 だから、運動神経がいいことは知っている。


「それに中学生まで水泳やってたし」

「そうなのか?」

「まぁね~。でも、プロゲーマーになってやめちゃったけどね」

「普段、ゲームばかりしているのによくそのスタイルキープできるよな」

「私、太らないからね~。それに今は櫂と一緒に運動しているし」

 そう言って彩海はニヤッと笑った。 

 運動、が何を意味するのか俺には分かった。


「今日も温泉に帰ったらたくさんシようね。櫂♡」

「彩海がそんなこと言うの珍しいな」

「旅行でテンション上がってるのかもね!」

 にしし、と笑った彩海は俺の顔にまた水をかけてきた。

 そして俺から逃げるように彩海は泳いでいった。


「楽しそうね」

「アリス。有紀は?」

「荷物番をしてるわ。有紀は泳ぐのがあんまり得意じゃないからね」

「そうなんだな。アリスは泳げるのか?」

「私は普通よ。彩海みたいに水泳を習っていたわけじゃないし、中学生の授業で泳いでたくらいね」

「俺と一緒だな」

「そうね。それにしても……」

 アリスは俺の体を凝視していた。


「何度見てもいい体してるわね」

 そう言ってアリスは俺のお腹を人差し指でなぞった。


「ずっと触ってたいわ♡」

「くすぐったいし、恥ずかしいからやめてほしいんだが?」

「いいじゃない♡ 減るもんじゃないし、後で私のおっぱいも触らせてあげるから♡」 

 アリスは俺の腹筋を何度も触り続けた。


「これ以上はもう無理だ」

 俺はアリスの手を掴んで無理やりやめさせた。

 これ以上はいろいろと耐えられそうになかった。


「残念。じゃあ、続きは旅館でね♡」

「そ、そうだな……」

「じゃあ、今は海を楽しみましょうか」

 アリスは彩海と同じように俺の顔に水をかけてきた。


☆☆☆


「有紀」

 俺は海から上がり有紀の元に戻った。


「櫂君。もう泳がなくていいのですか?」

「もう充分。それに疲れたから休憩」

「そうですか」


 休憩というのは半分本当で半分嘘だ。

 海に入っている時も俺は有紀のことはしっかりと見守っていた。

 今にもチャラそうな二人組の男が有紀に声をかけようとしていたので海から上がった。

 案の定、俺が有紀の元に戻ると、近くにいたチャラそうな二人組の男は舌打ちをしてどこかに行った。

 戻って来て正解だった。


「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」

「そうですか」

「有紀は泳ぐのが苦手なんだってな。アリスから聞いた」

「櫂君は知っていると思いますが、私は運動が苦手なので泳ぐことも苦手ですね」

「そういえばそうだったな。でも、ずっとここにいるのは暑くないか? 泳がなくてもいいから海に浸かればいいのに」

「櫂君が私の手をずっと握っていてくれるなら入るんですけどね」

「じゃあ、一緒に入るか」

 俺は手を握って有紀のことを立ち上がらせた。


「ほら、行くぞ」

「は、はい!」

 有紀と一緒に海まで走り、足首まで海に浸かった。


「どうだ? 気持ちいいだろ?」

「はい。気持ちいいです」

「もう少し先まで行ってみるか?」

「ちゃんと手を繋いでてくださいね?」

「ちゃんと繋いどくよ」


 俺は有紀の手をしっかりと握りしめた。

 そして、少しずつ前に進んでいく。

 徐々に水深が深くなっていき、お腹の辺りまで浸るところまで進んだ。


「も、もう無理です。これ以上は怖いです」

「分かった。これ以上は進まない」

「絶対に手を離さないでくださいね?」

「絶対に離さないよ。だから、そんなに怖がらなくて大丈夫だって」

「は、はい」

 ずっと不安そうな表情をしている有紀を見て、少し無理をさせ過ぎたかと思った。


「あれ、有紀が海には行ってるなんて珍しいね~」

「櫂君が一緒に入ろうと言ったので」

「そうなんだ~。櫂。有紀の手を絶対に離したらダメだよ。有紀、結構無理してると思うから」

「分かってるよ」

「まぁ、櫂だったら安心か!」

「はい。櫂君じゃなかったら一緒に海に入っていません」

「だってさ、信頼されるね~」


 彩海はニヤニヤと笑って俺の横腹を肘で突いてきた。

「信頼されている限りはその信頼に応えるよ」

「ひゅ~。かっこいい~! じゃあ、有紀のことは櫂に任せて私はアリスともう少し泳いでくるね~」

「あんまり遠くまで行くなよ。それから俺の目の届くところになるべくいろよ。何かあった時にすぐに助けに行けないからな」

「分かってるよ~」


 彩海はアリスのところに泳いでいった。

「さて、俺たちは戻るか?」

「いえ、もう少しだけいます」

「大丈夫か?」

「はい。櫂君がちゃんと手を握ってくれていますから。それに、せっかく櫂君と海に来たのに思い出を作らずに帰るのは後から後悔しそうですからね」

「そっか。限界になったらちゃんと言えよ?」

「はい。ありがとうございます」


 それから俺と有紀は十分くらいまったりと海に浮かんでいた。

 有紀は少しずつ海に浸かっているのが慣れてきたようで次第に笑顔が増えてきて楽しそうにしていた。

 

☆☆☆


 海で満足するまで遊んだ俺たちは昼食を食べるために海の家にやって来ていた。


「席が空いててよかったね~」

「ですね。みなさん何食べますか?」

「私やきそば~!」

「じゃあ、私はたこ焼きにしようかな」

「俺はカツカレーにしようかな」

「私はあまりお腹が空いていないので焼きおにぎりにします」

 彩海が店員さんを呼んでそれぞれのメニューを注文した。


「ご飯食べた後はどうする?」

「まだ海で遊びたい人はいますか?」

「私はもう満足した~」

「私ももういいわね」

「櫂君はどうですか?」

「俺ももういいかな」

「では、ご飯を食べたら着替えて帰りましょうか」


 このまま帰れればいいが、果たして何事もなく帰れるものか。

 俺は海の家にいる人たちを見渡した。

 この海の家にいる女性の中で三人がダントツで可愛いし、美人だ。

 その証拠に複数人の男が三人のことを見ていた。

 俺がいるから声をかけてくることはないが、機会を伺っているのだろう。

 三人を見ている男たちは獲物を狩る獣のような目をしていた。

 バスに乗るまで気が抜けそうにないな。


「お待たせしました~。焼きそばとカツカレーになります~」

「それから、たこ焼きとおにぎりになります~」


 料理を運んできたのは注文を受けた女性ではなく、別の女性二人だった。

 見るからにギャルで、元気が有り余っているといった感じだった。 


「ごゆっくりどうぞ~」


 料理をテーブルの上に置くと彼女たちはキッチンに戻って行った。

 俺は彼女たちのことを無意識に目で追っていたようで、隣に座っていた彩海に耳を引っ張られた。


「櫂~。見過ぎだから。目の前にこんなにも可愛い子が三人もいるのに他の子に目移りするなんてひどくない?」

「ごめんって」

「これは後でお仕置きが必要かな~」

「そうね。旅館に帰ったらお仕置きしないとね」

「そうですね。お仕置きしましょう」


 旅館に帰ったら一体何をされるのか。

 これからは他の女性に目移りしないようにしよう。

 別に目移りしてたわけではない。 

 ただ……。


「で、なんで彼女たちのことを見てたの?」

「それは……」

「それは何?」

「言ったら怒りそうだからやめとく」

「言わなかったら言わなかったで不貞腐れるわよ」


 アリスは頬を膨らませた。

 それはそれで申し訳ない。

 せっかくの楽しい旅行なのにこの後ずっとアリスに嫌な思いをさせるのは俺が嫌だ。


「分かったよ。言うよ。どこかで見たことがある顔だって思ったかた見てたんだよ」

「ふ~ん。そうなんだ」

「だから別に彼女たちに気があるから見てたわけじゃないからな?」

「うん。知ってる。櫂が私たちのことを大好きだってことも、私たちのことを愛してくれることも知ってる」


 そう言ってアリスはニコッと笑った。 

 どうやらさっきのは演技だったらしい。

 相変わらずアリスは本当に演技が上手い。


「でも、お仕置きはするから。楽しみにしててね♡」

「一体何をされるんだよ」

「それは旅館に帰ってからのお楽しみよ♡ まぁ、気持ちいいことしかしないから、そこは安心して♡」

 アリスはたこ焼きつまようじで一つ取ると俺の口に運んだ。


「あつっ!」

 出来立てのたこ焼きは火傷しそうなほど熱かった。


「これでとりあえず今は許してあげる」


 アリスは悪戯な笑みを浮かべてそう言った。 

 彼女たちを見ていたのは事実なので俺は大人しく受け入れた。


☆☆☆


 10万字突破しました~!

 ここまでご愛読していただいている読者の皆様ありがとうございます。

 もうしばらく物語は続きますのでお楽しみに~!

 

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