第32話 13日目(木) 十色市旅行編①

 有紀の両親との顔合わせを行った翌日、俺たちは新幹線で十色市に向かっていた。

 席は俺とアリスが横並びで、対面に彩海と有紀が座っている。

 十色市までは新幹線で二時間。

 まだ出発したばかりで現在時刻は九時三十二分。

 十色市に到着予定時刻は十一時三十分だった。

 十色市に着いたらまずは今回泊まる旅館に荷物を預けて十色海岸の方に移動して、お昼ご飯を食べに行くことになっていた。


「ギリギリ世界大会の予選と被ってなくてよかった~」

「すみません。彩海ちゃんの世界大会の予選が終わってからにすればよかったですね」

「仕方ないよ~。傘踊り?だっけ?それが開催されるの明日だけなんでしょ?」

「そうね」

「練習は旅館でも出来るし、予選くらい私には楽勝だから!」

「相変わらず凄い自信だな」

「私を誰だと思ってるの? 前回の王者だよ! 負けるわけないじゃん!」

「その油断が負けを引き起こすんだけどな」

「そういうセリフは私に格ゲーで一度でも勝ってから言ってください~」


 彩海はベーっと舌を出した。

「ま、でも、ありがと! 心配してくれて! 別に油断はしてないよ? 予選でも強敵はたくさんいるし、でも負けるわけないんだよ。だって、櫂たちがたくさん練習に付き合ってくれてるんだから。私は今回も優勝するよ!」


 そう言って彩海はVサインを俺に向けた。

 そう言い切れるだけの時間を彩海は格ゲーに費やしていることは練習に付き合っている俺が一番よく知っていた。


「そうだな。心配するだけ無駄だったな」

「だから、今日も明日も明後日も櫂には練習に付き合ってもらうから覚悟しといてね!」

「あぁ」

「夜通しゲームをするのはいいけど、ほどほどにしなさいよ」

「は~い」


 それから俺たちはお菓子を食べておしゃべりをしたり、トランプをしながらして、新幹線が十色市に到着するまで車内を楽しんだ。


☆☆☆

「到着~!」

 新幹線は時間通りに十色市に到着し、俺たちは十色駅に降り立った。


「まずは旅館に行くんだよね?」

「そうですね」

「旅館の場所よく分かってないんだけど近いの?」

「駅から徒歩で十分って書いてあったわよ」

「近いじゃん~! じゃあ、早速レッツゴ~!」


 旅館に行くために駅から一歩出た。

「暑すぎる! 今日も今日とて暑すぎる! よし! 旅館に行くのはやめよう!」

 しかし、彩海はすぐに駅の中に戻った。


「変なこと言ってないで行くわよ。暑いのは我慢しなさい。これから海に入るんだから」

「そうだった! じゃあ、我慢するか~」

「こんなに暑かったら、きっと海は気持ちいいでしょうね」

「だね~! 想像したら早く入りたくなってきた! 早く旅館に荷物預けに行こ!」


 駅の中に戻った彩海はすぐさま外に出てきた。

 そして旅館の場所も分かっていないのに先頭を歩き始めた。


「彩海。旅館の場所分かってないでしょ。一人で先に行かない」

「早く行こうよ~。暑いんだから」

「子供じゃないんだからもう少し落ち着きなさいよ」

「は~い」 

 アリスに怒られた彩海は下唇を突き出して不満そうな顔をした。


「ワクワクする気持ちは分かるけど、もう少し落ち着きなさい。遊ぶ前に疲れるわよ」

「そうだね。アリスの言う通りだね。遊ぶ前に疲れたら意味ないもんね」

「そういうことよ。せっかくの旅行なんだから疲れた思い出じゃなくて楽しい思い出にしたいじゃない」

「だね。せっかくの旅行だから楽しい思い出にしたい!」

「そうですね」

「そうだな」

「てことで、荷物を預けに行きましょうか」


 アリスは旅館の場所が頭に入っているみたいで、迷うことなく旅館に向かって歩き始めた。

 アリスが言っていた通り、旅館には十分で到着した。


「ここが私たちが泊る旅館か~。結構古そうなところだね」

「五十年以上続く旅館らしいわよ」

「へぇ~。そうなんだ! 凄いね!」


 創業五十年以上を超える旅館は「星休スターレスト」という名前らしい。

 かなり雰囲気の良い旅館で俺は好きだった。


「しかも温泉旅館らしいから、温泉があるみたいよ」

「えっ!? 温泉があるの!? 絶対に入る!」

「楽しみですよね。温泉」

「これも書いてあったんだけど、家族温泉っていうのがあるらしいわよ」

「家族温泉って何?」

「貸し切り風呂みたいなやつなんじゃない? 詳しくは分からないけど」

「貸し切り風呂があるってことは櫂と一緒に入れるって事じゃん!」

「まぁ、そうなるわね」

「早く中に入って説明聞こうよ!」

「そうね」

 俺たちは旅館の中に入った。


「いらっしゃいませ。靴のままお入りください」

 フロントに立っていた着物を着た小柄な女性が笑顔で出迎えてくれた。


「すみません。荷物を預かってもらいたいのですが大丈夫ですか?」

「はい。お預かりしますね。お客様。本日のご予約のお名前をお教えいただいてもよろしいですか?」


 旅館を予約してくれたのは有紀だ。

 なので、有紀が対応をした。


「天笠です」

「天笠様ですね。受付は今なさいますか? それとも後でなさいますか?」

「後でお願いいします」

「かしこまりました。それではお荷物の方はお部屋の方に運んでおきますね」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 荷物を小柄な女性に預けた。


「お客様たちはこれからどちらに向かわれるのですか?」

「十色海岸に行こうかと思っています」

「十色海岸ですか。いいですね。海に入られるのですか?」

「そのつもりです」

「今日は暑いのでとても気持ちがいいでしょうね」

「だと思います」

「熱中症に気を付けて楽しんできてくださいね」

「はい。ありがとうございます。それでは、行ってきます」

「行ってらっしゃいませ」

 小柄な女性は笑顔で俺たちのことを送り出してくれた。


「いい人だったね~」

「そうだな」


 旅館を後にした俺たちはバスに乗るために再び十色駅に向かった。

 十色海岸へはバスを使っていく。 

 ここから十色海岸まではバスで三十分くらいかかるらしい。

 十色海岸に着く頃には十二時になる。

 だから、お昼ご飯は向こうに着いてから食べる予定らしい。

 お店もすでに調べているとアリスが言っていた。

 海が近いということもあって海鮮が美味しいらしく海鮮料理のお店に行くのだそうだ。

 十色海岸行きのバス停に向かうと、ちょうどバスがやって来た。

 この時間にバスがやって来ることもちゃんと調べていたのだろう。

 完璧主義者のアリスらしい。

 俺たちは誰もいないバスに乗り込み、一番後ろの席に四人並んで座った。

 満席となった十色海岸行きのバスは数分後に出発した。


  

☆☆☆

  

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