第30話 12日目(水) 有紀の両親との顔合わせ②
「どうぞ。お入りください」
「ありがとうございます」
「土足のままで構いませんので、そのままついてきてください」
「分かりました」
湊さんの後に続いて家の中に入り長い廊下を歩いていく。
廊下には真っ赤なカーペットが敷いてあった。
「いよいよですね」
「そうだな」
「まだ緊張していますか?」
「少しだけな」
「そうですか」
有紀が俺の手をぎゅっと握ってきた。
だから俺も有紀の手をぎゅっと握った。
「父と母は大広間ですか?」
「はい」
有紀の家には大広間があるらしい。
これじゃあ本当にアニメや漫画に出てくるお嬢様が住んでいる屋敷そのものだ。
長い廊下のところどころに高そうな芸術品が飾ってある。
長い廊下を歩くこと数分。
大きな扉の前で湊さんが立ち止まった。
その扉の前には湊さんと同じく天笠家の使用人と思われる人物が数人立っていた。
その使用人たちは有紀のことを見ると頭を下げて「有紀お嬢様。おかえりなさいませ」と言った。
「みなさん、暑い中ご苦労様です」
有紀はそう言って使用人たちに微笑みかけた。
「それでは有紀お嬢様。櫂様。準備はよろしいですか?」
「はい」
「大丈夫です」
俺と有紀が頷くと湊さんが大広間の扉をゆっくりと開けた。
「それでは行きましょう」
「あぁ」
有紀と手を繋いだまま大広間の中に入った。
大広間は数百人規模のパーティーが出来そうな広さだった。
そんな広い大広間の真ん中に四人が座れるほどのテーブルが設置されていて、上座の方に有紀のご両親が座っていた。
「来たわね~。さ、こっちにいらっしゃい~」
有紀の母親(たしか
結奈さんは有紀とそっくりで大学生と言われても分からないくらいに若々しく美人な人だった。
「失礼します」
俺は有紀のご両親に頭を下げた。
そして有紀と一緒にテーブルに向かった。
「初めまして。京堂櫂といいます」
「よく来たね。暑かったでしょう。今、お茶を用意させますね」
「お気遣いありがとうございます」
「湊さん。お茶を淹れてもらっていいですか~?」
「かしこまりました。すぐにお待ちします」
入口の扉の前に待機していた湊さんは大広間から出て行った。
「もぅ~。そうやってずっと立ってるつもり? 座っていいのよ?」
俺たちが椅子に座らず固まっていると、その様子を見た結奈さんが口元に手を当てて笑った。
「すみません。し、失礼します」
いざ、有紀のご両親を静まっていた緊張感が戻って来た。
むしろ、さっきよりも緊張している。
俺はゆっくりと椅子を引いて座った。
「もしかして、緊張してる?」
「は、はい」
「ふふ、緊張しなくてもいいのよ? 別に京堂君が有紀ちゃんにふさわしい男かどうか見定めるために京堂君のことを呼んだんじゃないんだから~」
冗談なのか、本気なのか、分からなかった。
でも、見定められているんだろうなと思った。
さっきから有紀のお父さん(たしか雅紀さん)にものすごく見られているから。
もしかしたらすでに俺への品定めは始まっているのかもしれない。
そう思ったら、ますます緊張してきた。
「もぅ、お母様。そんなこと言ったら櫂君がますます緊張しちゃうじゃないですか。やめてください」
「ごめんね~。本当にそんなつもりはないからね~。安心してね♪ 今日は京堂君とお話がしたくて、この場を設けただけだから~。ね♪」
結奈さんは俺に向かってウインクをした。
「お父様も憧れの人を前に固まってないで何か話してください。ジーっと櫂君のことを見つめていたら櫂君が品定めされているように感じるじゃないですか」
まったくと有紀は頬を膨らませた。
「そ、そうだね。ごめんごめん。まさかあのKAI様に会えるなんて思ってなかったら、感動しちゃって」
そう言って雅紀さんは照れくさそうに笑った。
まさか有紀のお父さんにまでその名で呼ばれるとは思っていなかった俺は不意を突かれた気持ちになった。
「とりあえず、お父様とお母様も自己紹介をしてください」
気が付けばいつの間にか有紀がこの場を仕切る形になっていた。
「そうね~」
「そうだね。じゃあ、僕から。有紀の父親の天笠雅紀です。よろしくね」
雅紀さんが握手を求めてきたので、「よろしくお願いします」と雅紀さんと握手を交わした。
「じゃあ、次は私ね~。有紀ちゃんのお母さんの天笠結奈です。京堂君のことは有紀ちゃんからいろいろ聞いてるわ~。いつも有紀ちゃんと一緒に遊んでくれて、守ってくれてありがとうね。これからも有紀ちゃんと仲良くしてあげてね♪」
結奈さんも握手を求めてきたので、「は、はい」と結奈さんとも握手を交わした。
二人と握手を交わした後、湊さんがお茶を四人の前に置いた。
俺はそのお茶を一気に飲み干した。
緊張で喉が渇ききっていた。
「いい飲みっぷりね~。好きなだけおかわりしていいからね」
「あ、はい」
「おかわりしますか?」
有紀が聞いてきた。
「そうだな」
「すぐにお持ちしますね」
湊さんが空になった俺のグラスを持って大広間から出て行った。
「それでKAI様。せっかくこうして遊びに来てくれたのですから、一緒にゲームしていただけませんか?」
「え、ゲームですか?」
「はい。ダメでしょうか?」
雅紀さんが俺を見る目は、まるで神様にでもお願いをしているかのようだった。
「もちろんそれは構いませんが、KAI様と呼ぶのはやめてほしいです」
「それではなんとお呼びすれば?」
「普通に名前で呼んでいただければ……」
「分かりました。では、櫂君とお呼びしますね」
「はい。すみません」
雅紀さんが俺に対して尊敬の念を抱いてくれていることはひしひしと伝わってきたが、さすがにいつまでも様付けで呼ばせるわけにはいかない。
有紀に言われるならまだいいが、さすがに有紀のお父さんにまでそう呼ばれるのは申し訳なかった。
それに俺は様を付けて呼ばれるほど凄い奴じゃない。
「それで、何のゲームをするんですか?」
「何がいいですか? 僕は櫂君と一緒にゲームが出来るなら何でも構いません」
俺が何のゲームをしようかと悩んでいると有紀が助け舟を出してくれた。
「それではせっかくなので四人で遊べるパーティーゲームにしませんか? 親睦会もかねて」
「いいわね~。そうしましょう」
「そうだね。そうしようか」
「それじゃあ、ゲーム部屋に移動しましょうか」
「そうですね」
三人が椅子から立ち上がった。
俺も遅れて立ち上がる。
雅紀さんと結奈さんを先頭に俺たちは大広間から出た。
「ゲーム部屋があるのか?」
「ありますよ。きっとその部屋に行けば櫂君の緊張もほぐれるはずです」
「それは楽しみだな」
「一応言っておきますけど、父も母もゲーマーなので油断していると負けると思うので、油断しない方がいいと思います」
「ゲームに関しては手を抜くつもりはないし、油断するつもりはないから、たとえ相手が有紀のご両親でも本気でやるつもりだよ」
「ふふ、櫂君ならそう言うと思いました。もちろん私も負けるつもりはありませんからね?」
そう言って有紀は俺の手を握ってきた。
雅紀さんと結奈さんの後ろをついて行き、俺たちは二階に上がった。
二階への階段は玄関の近くにあり螺旋階段になっていて、数段上がったところに肖像画が飾ってあった。
「これって、有紀か?」
「はい。お恥ずかしながら私です」
「可愛いな。何歳の時だ?」
「六歳ですね」
「当り前だが、有紀は子供の頃から可愛かったんだな」
「ありがとうございます。この頃はまだ泣き虫でしたけどね」
「湊さんが言ってたやつか。この頃なんだな」
「はい」
壁には何枚もの肖像画が飾ってあった。
階段を上がるにつれて成長しているようで、有紀がどんどんと大きくなっていた。
中には家族三人で描かれている肖像画もあった。
「今年のはまだなんだな」
何枚あるか数えていたが九枚だった。
六歳が一枚目なので、一年ごと描いていると仮定すると今年は十枚目のはずだ。
しかし、まだ十枚目の肖像画はなかった。
「そうですね。毎年年末に描いてもらっているので」
「そうなんだな」
「あの、もしよかったら今年は櫂君と一緒に描いてもらいたいな、なんて思っているのですがどうですか?」
「俺が一緒でもいいのか?」
「もちろんです」
「有紀がいいなら、俺はいいけど」
「ありがとうございます! 嬉しいです!」
「あぶなっ! ここ階段だって!」
有紀が満面の笑みを浮かべて俺に抱き着いてきた。
「あらまぁ、有紀ちゃんが男の子に抱き着いてるわ~」
「櫂君……絶対に負けないからね」
雅紀さんが近づいてきてかなりの至近距離でそう言った。
そして俺たちを置いて先に二階に上って行った。
結奈さんも雅紀さんの後に続いて二階に上って行った。
「宣戦布告されてしまいましたね」
「なぁ、この状況を楽しんでないか?」
「そう見えますか?」
「見えるな」
「なら、そうかもしれませんね」
もはや緊張なんてしていないのだろう。
有紀はニコニコと笑っていた。
「櫂君。お父様に勝ってくださいね?」
「勝てるといいんだけどな。まぁ、頑張ってみるよ」
俺たちも螺旋階段を上り二階に上がった。
そして有紀に案内されゲーム部屋に到着した。
☆☆☆
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