第24話 9日目(日) 彩海へのお礼

「よし! また私の勝ち!」

「こっちは病み上がりなんだからもう少し手加減してくれよ」

「嫌だよ。勝負だもん絶対に手は抜かない!」

「てか、仕上がり過ぎだろ」


 昨日の夜から俺は彩海の練習に付き合っていた。

 何度、彩海と戦ったか分からないが一度も勝てなかった。

 それ自体は格ゲーなのでいつものことだが、いつもならもう少し接戦をすることが出来る。

 俺が病み上がりというのももちろんあるがそれ以上に彩海が仕上がっている。 

 パーフェクト勝利を何度されたことか。


「二連覇がかかってるからね」

「そういえば、去年の世界大会で優勝したんだっけ?」

「だよ! このゲームで二連覇を成し遂げた人はまだいないから絶対に私が成し遂げたいんだよね!」

「今のコンディションを保てたら優勝は確実だろ」

「だといいんだけどねぇ~。世界には強敵がたくさんいるから」

「そっか。俺にできることは応援と練習に付き合うことくらいだからいつでも言ってくれ」

「じゃあ、もう一戦やろ!」

「次は絶対に勝つ」

「無理無理! 次も勝つのは私だから!」


 お互いにキャラを選び、対戦がスタートした。

 彩音と対戦をすること数百回以上。

 未だに彩海に一度も勝てていない。

 俺もゲーマーの端くれだ。

 ゲームには自信があったのだが、こと格ゲーに関しては彩海に全く勝てる気がしない。

 彩海の格ゲーセンスは神レベルなうえに努力量も半端ない。

 彩海は毎日三時間以上の格ゲーを日課としている。

 昨日なんか朝から深夜までずっとゲームをしていた。

 対する俺は彩海と一緒に格ゲーをする時にしか格ゲーをやらない。

 彩海に勝つなら彩海以上に格ゲーをやり込むか、運で勝利を引き込むしかない。 

 運で勝敗が決まるのはお互いの実力が拮抗している時だ。

 しかし、これだけ俺と彩海の実力が離れていては運で勝つというのはほとんど皆無に近い。

 だから、今回の勝負も俺が負けた。


「にしし、また私の勝ちだね!」

「俺も格ゲー練習するか~」

「早く私レベルになってよ!」

「それって世界大会に出れるレベルだろ」

「まぁね~」

「そのレベルにいくまで何年かかるんだよ」

「う~ん。一年とか?」

「それは天才レベルだ」

「そうなの?」

「そうなんだよ」

「じゃあ、櫂もなれるじゃん!」

「いや、俺は……」

「だって、櫂天才じゃん!」


 俺の言葉を遮るように彩海は食い気味に言った。

「KAI様の名前はMMORPG界で超有名じゃん! まさか、KAI様が櫂だとは思わなかったけどね~」

「俺で悪かったな」

「そんなこと誰も言ってないじゃん~。むしろ、KAI様にずっと会いたかったんだから私は超ラッキーだよ!」

「様付けはやめろ」

「はいはい! 分かってるよ~」

「俺は天才でもなければ様付けされるようなやつじゃないから」

「それはさすがに謙遜しすぎだから! 普通の人はリリース初日からサービス終了までランキング一位をキープすることなんてできないから!」

「あんなのは時間とお金があれば誰だってできるって」


 彩海が言っているのは二年前に大流行したMMORPGのことで、大流行したにも関わらず一年でサービス終了してファンの間では伝説のゲームとなっていた。

 そのゲームで俺は彩海の言った通りリリース初日からサービス終了までランキング一位をキープしていた。

 お金と時間に物を言わせて。

 そのゲームが流行ったのは中学二年生の時。

 当時の俺は不登校で学校に行かずに家に引きこもりゲームをする日々を過ごしていたかた時間は無限にあった。 

 それに、その前の年に両親が亡くなって、莫大な遺産が俺に入ったことによりお金も無限に使えた。

 だから俺は一年間ランキング一位をキープすることができたに過ぎない。 

 

「いやいや! 無理に決まってるじゃん! それだけで一年間ランキング一位をキープできるほどあのゲームは甘くなかったよ!」

 彩海が顔をぐっと近づけてきた。


「少なくとも私には無理だから! どれだけ時間とお金があっても絶対に無理! 櫂の成し遂げたことは偉業なんだよ! だから櫂は天才なの! もっと自分に自信持ちなって!」


 そう言って彩海は眩しいくらいの満面の笑みを浮かべた。

 その笑顔を見ていると本当にそうなのではないかと思えてくるので不思議だ。


「ま、格ゲーでは私に一度も勝ったことないけどね~」

「うっさい。もう一回やるぞ」

「次も私が勝つよ!」

「次こそ俺が勝つ」


 それから俺たちは夕方まで戦いを続けた。

 言うまでもないが一度も勝てなかった。

 


☆☆☆


「そういえば、彩海。看病してくれたお礼をしたいと思ってるんだが、何かしてほしいことはないか?」

「お礼か~。別にお礼なんていらないんだけど、私ほとんど何もしてないし」

「そんなことは……たしかに彩海には何もしてもらってないな」


 思い返してみたが彩海に何かされた記憶はなかった。

 有紀は栄養のつく美味しいご飯を作ってくれたし、アリスはつきっきりで俺の様子を見てくれていた。

 しかし、彩海はずっと世界大会予選のために格ゲーをしていた。

 まぁ、それでも俺のことを心配してくれていたのには変わりないからお礼はするつもりだ。


「でも、お礼はするよ。心配をかけたからな」

「う~ん。お礼はいいや。櫂が元気になってまたこうして一緒にゲームしてくれるだけで私は充分だから! てことで、ご飯を食べた後もゲームね!」

「分かった。彩海がそれでいいならいくらでも付き合うよ」

「今日は寝かせないから!」

「さすがにそれは勘弁してくれ。こっちは病み上がりなんだから」

「しょうがないな~。じゃあ、今日は十二時までで勘弁しといてあげる!」

「そうしてくれると助かる」 

「それじゃあ、ご飯が出来るまでもう一戦しますか!」

「了解」


 俺たちはコントローラーを持ち直してもう一戦やった。


☆☆☆ 


「お二人ともご飯が出来ましたよ」

「は~い」

「今行く」


 有紀に呼ばれて俺たちは一旦ゲームを中断した。

 アリスは家の用事があるらしく、今日は三人での食事だ。

 しかも実家に泊まるらしく戻ってくるのは明日と言っていた。


「それでは食べましょうか」

「いただきます~」

「いただきます」


 今日の夕飯はカレーライスだった。

 夏野菜たっぷりの夏野菜カレーだ。


「ん~! 美味しい!」

「ありがとうございます」


 俺もカレーライスを食べた。

 味はいつも通りの中辛、夏野菜は大きめに切られていて噛み応えがあった。

 もちろん美味しい。


「櫂君。昨日の件ですけど水曜日でも大丈夫でしょうか?」

「水曜日か。大丈夫だ」

「では、水曜日にお願いします」

「了解」

「なになに~? 水曜日に何かやるの~?」

「有紀のご両親に会いに行くんだよ」

「へぇ~。結奈ゆきなさんに会いに行くんだ~」

「彩海は会ったことあるのか?」

「もちろん!」

「彩海ちゃんは何度も家に来たことがありますからね。父も母も会ったことがありますよ」

「そうなんだな」

「まぁね~。てか、結奈さんと雅紀まさきさんに会いに行くのか~」

「どんな人なんだ?」

「う~ん。結奈さんは一言で言えば超優しい人で、雅紀さんは有紀のことを溺愛してる人かな~」

「なるほど。そうなのか?」


 俺は有紀に聞いた。

「まぁ、そうですね」

 有紀は苦笑いを浮かべて頷いた。


「彩海ちゃんの言う通りだと思います」

「超優しい人と有紀のことを溺愛してる人か」

「気をつけた方がいいよ〜。雅紀さんは本当に有紀のことを溺愛してるから。雅紀さんの前で有紀とイチャイチャでもしようもんなら、最悪死ぬかもね〜」

「マジ?」

「彩海ちゃん! 変なこと言って櫂君を怖がらせるのはやめてください!」

「あはは、ごめんごめん!」

 彩海は大爆笑しながら顔の前で手を合わせて謝った。


「たしかに父ならやりかねないですけど、櫂君なら大丈夫です。父は櫂君のことを尊敬していますから」

 有紀はさらっととんでもない発言をしたが、それよりも有紀のお父さんが俺のことを尊敬しているということの方が気になった。


「どういうことだ? 俺は有紀のお父さんと一度も会ったことないはずだよな?」

「父はゲーマーなんです。三年前の櫂君の伝説的偉業を達成した時のことを知っています。その時から父は櫂君のファンなのですよ」

「そうなのか・・・・・・」


 まさか、有紀のお父さんまで俺のファンだとは驚きだった。


「ね! だから、言ったでしょ! 櫂の成し遂げたことは凄いんだって!」

「そうですね。父も言っていました。こんなことができる人を見たことがないと。本当に凄いって。私も当時、櫂君の記録を見て凄いと思いました。そしてずっと追いつきたいと思っていました。結局無理でしたけどね。実は私、ランキングずっと二位だったのですよ?」

「え、そうなのか?」

「ゆきんこってプレイヤー覚えてませんか?」


 その名前には聞き覚えがあった。 

 何度かPVPをしたことがあるプレイヤーで、俺が「フロンティア・ワールド(通称FTW)」で最も苦戦した相手だ。


「覚えてるよ。もしかして……?」

「はい。ゆきんこは私です。といっても父との共有データでしたけどね」

「そうだったのか。何度も戦ったことあるよな」

「そうですね。櫂君は本当に強かったです。結局、FTWでは一度も櫂君に勝つことができませんでした」

「全然知らなかった」

「言っていませんでしたからね。そういうわけでたぶん大丈夫だと思いますよ。むしろ歓迎されるんじゃないですかね」


 有紀はクスクスと笑った。

「だといいんだけどな」

「大丈夫ですよ。そもそも、父の前でイチャイチャしなければいいだけのことですから。それとも櫂君は 父の前で私とイチャイチャする予定があるので?」

「それは……」


 ないとは言い切れないので俺は言葉に詰まった。

 どこまでがイチャイチャなのか分からないし、有紀のお父さんがどこからをイチャイチャだと思うか分からないからだ。


「言葉に詰まるということは私とイチャイチャするつもりがあるということでよろしいですか?」

 有紀は小悪魔な笑みを浮かべて俺のことを見た。


「さぁな。それは当日にならないと分からん」

「ふふ、別に私は構いませんよ。父の前でイチャイチャしても」

「殺されたくないからイチャイチャしないように気を付けるわ」

「そうですね。櫂君は気を付けてください」

「その言い方だと有紀は気を付けないみたいに聞こえるんだが?」

「それはどうでしょうね?」


 相変わらず有紀は小悪魔な笑みを浮かべて俺のことを見ていた。

 何を考えているのか分からないが、よからぬことを考えているのだろうなということだけは分かった。

 

☆☆☆

 


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