第23話 8日目(土)② 有紀の両親との顔合わせの約束

 夜には俺の熱は36℃代まで下がっていた。


「もう大丈夫そうですね」

「そうだな」

「熱が下がってよかったです」

「俺、一人だったら後数日は熱にうなされてただろうな」

 去年も何度か疲労で熱を出したが、こんなにすぐは下がらなかった。


「本当にありがとうな」

「いえいえ。私は何もしていませんよ」

「そんなことはないぞ。こんなに早く熱が下がったのは有紀が栄養の付くご飯を作ってくれたおかげだと思ってるから」


 去年と違うことがあるとすればそれだ。

 有紀が美味しくて栄養素の高い料理を作ってくれたから、こんなに早く熱が下がったんだと思う。


「だから、お礼は絶対にするからな?」

「分かりましたよ。櫂君からのお礼を受け入れます」

「何がいいとかあるか?」

「そうですね~。このタイミングで言うか迷うのですが……」

「何かあるのか? 俺にできることなら何でもするぞ」

「実はですね。父と母から櫂君に会わせろと何度も連絡が来ていてですね。もし、櫂君さえよければ、私の父と母に会っていただくことは出来ないでしょうか?」


 なぜか有紀は不安そうな顔でそう聞いてきた。

(もしかして俺に断られると思っているのだろうか?)

 有紀の不安は無駄になる。

 

 なぜなら……。

「なんでもっと早く言わないんだよ。言ってくれればいつでも会いに行くのに」

 俺はずっと前から覚悟を決めているからだ。


「そうですよね。すみません。では、お願いしてもよろしいですか?」

「もちろんだ」

「ありがとうございます。櫂君のご都合のいい日はありますか?」

「俺がいつでも暇だってことは知ってるだろ? だから、いつでも大丈夫だ」

「分かりました。父と母に聞いてみますね」

「了解」


 とんとん拍子に有紀のご両親に挨拶に行くことが決まった。

 いつかはそんな日が来るだろうとは思っていた。

 別に俺たちは恋人ではない。

 それでも有紀は俺にとって大切な存在だし、これからも出来れば末永くお付き合いしていきたいうちの一人だ。

 そうなると必然的に有紀だけではなくアリスや彩海のご両親と会う機会が訪れるだろうと思っていた。

 だから、それがいつになろうと三人からその話をされたら会うつもりだった。


「もしかして俺に断られると思ったか?」

「……はい」

「断るわけないだろ。むしろ、いつ来るのかと思ってたくらいだよ」

「そうなんですか?」

「あぁ、覚悟ならとっくに決まってるよ」

「そうなんですね」

「それに楽しみでもあるしな。こんなにも完璧な娘を育てた有紀の両親に会うの」

「完璧じゃないですよ。私にだって出来ないことなんてたくさんありますから」

「そうか? 料理やスイーツは何作っても美味しいし、家事は全部できるし、勉強だって学年一位だし、ゲームも上手だし。出来ないことといえば運動くらいなもんだろ?」

「そう、ですね・・・・・・」

「運動は本当に苦手だよな。有紀は」

「う、うるさいです! 私だって頑張ってるんですからね!」


 そう言って有紀は俺の胸をポコポコと叩いてきた。

「運動だけは昔からダメなんです」

「そうなのか?」

「はい。櫂君は運動得意ですよね」

「得意ってほど得意ではないけどな」

「いつもナンパから守ってくれるじゃないですか」

「それは中学生までおじいちゃんに護身術を教えてもらってたからだな」

「それであんなにお強いのですね」

「俺なんておじいちゃんに比べたら全然だけどな。結局、一回も勝てなかったし」


 小学一年生から中学二年生まで俺はおじいちゃんに護身術を教えてもらっていた。

 俺がおじいちゃんから習っていた護身術は合気道とシステマの二つ。

 おじいちゃんは他にもいくつかの護身術を極めていた。

 俺はおじいちゃんに一度も勝てたことはない。 

 そのくらいおじいちゃんは強かった。

 道場もやっていて、老若男女問わず門下生がたくさんいた。 

 俺もその一人だった。

 おじいちゃんは寡黙で厳しい人だった。 


 寡黙で厳しいおじいちゃんだったが、たくさんの人がおじいちゃんのことを慕っていた。 

 おじいちゃんは一人一人のことをちゃんと見ていてアドバイスが的確だった。

 おじいちゃんに護身術を教わりに来ていた生徒の中には人生相談をする人さえいた。

 護身術のアドバイスが的確なおじいちゃんは人生のアドバイスも的確だった。だから、たくさんの人がおじいちゃんのことを慕っていた。 

 そんなおじいちゃんは一昨年亡くなった。


 寿命だった。 

 人生を最後まで全うして亡くなった。

 おじいちゃんの最後の言葉は今でもはっきりと覚えている。


『櫂。お前は強い。そのことをしっかりと心に留めておきなさい。そしていつの日か櫂にとって大切な人が出来た時に、その人を守ってやりなさい。ごめんな。櫂。一人にしてしまうことを許してほしい』

 そう言って俺の頭を撫でてくれた次の日におじいちゃんは亡くなった。


「櫂君? 大丈夫ですか?」

 どうやら俺は両親のことを思い出した時と同じように気づかぬうちに涙を流してしまっていたらしい。

 有紀が心配そうな顔で俺のことを見ていた。


「大丈夫。こんなこと前にもあったよな」

「そうですね。私が櫂君に初めてを捧げた日ですね」

「そうだな。で、何の話してたっけ?」

「何でしたっけ?」


 お互いに顔を見合わせて笑い合った。

 それから俺は寝室にやって来た彩海に数時間ゲームに付き合わされた。


☆☆☆

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