第20話 6日目(木) 看病してくれる人がいること~その1~

 目を覚ますと体がだるいのを感じた。

 この感覚は久しぶりだった。

 最近は調子がよかったが、どうやら疲れが限界まで到達しまったらしい。

 昔から体があまり強い方ではなかった俺は疲れが限界まで到達するとこうやって体調を崩していた。

 しかも、こうやって体調を崩すといつも治るまでに時間がかかる。

 長い時で一週間以上続いたこともある。

 こうなってしまっては病院に行って大人しく寝ているしかない。

 三人に俺が体調を崩したことを知られたくはないが無理だろう。

 なぜなら、いつも通り三人は俺の隣で寝ているからだ。それに今は俺の家に住み着いてるからどうやったって逃れようがない。

(大人しく寝てよう……)

 俺はそう思ってもう一度眠ることにした。


☆☆☆


「・・・・・・君。櫂君」

 名前を呼ばれ目を開けると有紀がいた。


「有紀・・・・・・」

「おはようございます」

「あぁ、おはよう」

「大丈夫ですか? お昼になっても起きてこられないので様子を見に来たのですが・・・・・・」


 どうやらあれからお昼まで寝ていたらしい。

 いつまでも起きてこない俺を心配して有紀が様子を見にきたようだ。

 有紀は心配そうな顔で俺のことを見ていた。


「もしかして、体調が悪いのですか?」

 嘘をついても仕方がないので俺は正直に頷いた。


「そうですか。少し失礼しますね」

 そう言って有紀は手を俺のおでこに乗せた。

 有紀の手はひんやりとしていて気持ちよかった。


「熱っぽいですね。体温計を持ってくるので少し待っていてください」

 有紀は駆け足で寝室から出ていった。

 俺の家のどこに何があるかを有紀は把握している。

 体温計を持った有紀はすぐに寝室に戻ってきた。 

 彩海とアリスも一緒だった。


「櫂。大丈夫?」

「大丈夫か?」

「体温計を持ってきました。熱を測ってみましょう」


 有紀が俺の脇に体温計を差し込んだ。

 有紀は体温計が鳴るまでずっと心配そうな顔で体温計を見つめていた。

 ピ、ピッと体温計が鳴り、有紀が俺の脇から体温計を取り出した。


「37.8℃。かなり熱がありますね」

「そうね」

「高熱じゃん!」

「夏風邪でしょうか? 喉は痛いですか?」

「夏風邪ではない。疲れが溜まっただけだから、安静にしてればそのうち治る」

「とりあえず病院に行きましょう。湊さんに電話してきます」

 そう言って有紀は再び寝室から出ていった。


「ごめん。心配かけて」

「何言ってんのよ。心配するのは当たり前。櫂は私たちにとって大切な人なんだから」

「そうだよ! だから謝るのは禁止だから!」

「ごめ・・・・・・」

「謝るの禁止って言ったよね?」

 彩海に口を塞がれた。


「次また謝ったら、今度はキスで塞ぐからね?」

「わ、分かった・・・・・・」

「なら、よし!」

 有紀が寝室に戻ってきた。


「二十分くらいで来てくれるそうです」

「そう。櫂。行きつけの病院はある?」

「ある」

「では、そこに連れて行ってもらいましょう」

「湊さんが来るまで櫂は寝てなさい。来たらまた起こすから」

「分かった」

 俺は素直に頷いで再び目をつぶった。

 三人がそばにいてくれるという安心感は凄かった。

  

☆☆☆


「有紀お嬢様お待たせしました」

「湊さん。急に呼び出してしまって申し訳ありません」

「いえ、構いませんよ。それで、彼を病院まで連れて行けばいいのですね?」

「はい。よろしくお願いします」


 櫂のことを軽々と抱き上げた彼女の名前は湊麗子みなとれいこ

 天笠家の使用人の一人だ。

 天笠家の使用人の中で一番若い。

 大学を卒業と同時に天笠家の使用人となった。

 有紀は湊と一緒に寝室を出た。

 廊下には彩海とアリスがいた。


「それでは行ってきますね」

「うん。お願い」

「私たちは家で出来ることをして待ってるわ」

「よろしくお願いします」

 二人に頭を下げると有紀は湊と一緒に櫂の家から出てた。


「それにしてもこんな形でお会いすることになるとは思っていませんでした」

「いつかは紹介するつもりだったのですよ?」

「本当ですか? ご主人様と奥様から家に連れてくるように言われているのを無視しているのを私は知っていますよ?」

「本当ですから! いずれ、いつか、絶対にちゃんと紹介します」

「それならいいのですけど」


 湊は右の口角を少しだけ上げた。

 有紀が車の後部座席の扉を開けて、湊は櫂を後部座席に寝かせた。


「有紀お嬢様はどちらに乗りますか?」

「もちろん後部座席です」

「ですよね」


 有紀は後部座席に乗ると櫂の頭を自分の足の上に乗せた。

 そして櫂の頭を優しく撫でた。

 有紀は櫂の行きつけの病院の名前を湊に言った。


「かしこまりました。では、そこに向かいますね」

「よろしくお願いします」

 湊は櫂の行きつけの病院に向かって車を走らせた。


☆☆☆

 

「櫂君。病院に着きましたよ」

「えっ・・・・・・」 


 目を覚ますといつの間にか俺は車の中にいた。

 大きな二つのおっぱいの間から有紀が顔を覗かせていた。

 どうやら俺は有紀に膝枕をされているらしい。


「なんで俺、車に・・・・・・?」

「湊さんが運んでくれました」

「目が覚めたようですね。初めまして。私は天笠家で使用人をしています湊麗子といいます」


 運転席に座っていた女性がバックミラー越しに自己紹介をしてきた。

 彼女が湊さんらしい。


「すみま……」 

 せん、と言おうとしたところで彩海の言葉を思い出した。

 今ここに彩海はいないみたいだけど、もし最後まで言っていたら有紀にキスをされていたかもしれない。

 キスをして移る病気じゃないけど、もしかしたら夏風邪の可能性もまだあるから言わなくて正解だろう。


「ありがとうございます」

「どういたしまして。どうしますか? 自分で歩けますか?」

「はい。大丈夫だと思います」

 バックミラー越しに湊さんと目を合わせて頷くと有紀が心配そうな顔で俺の顔を覗き込んできた。


「本当ですか?」

「あぁ」

「無理してはダメですよ」

「大丈夫。歩くくらいはできる」

 俺は体をゆっくりと起こした。


「膝枕してくれてありがとうな」

「どういたしまして」

 先に車から降りた湊さんが扉を開けてくれた。


「ありがとうございます」

「ご無理はなさらないように。歩けないようでしたら私が抱っこしていきますので」

「もしかして湊さんが俺のことを車まで?」

「はい。私がお姫様抱っこをしてお運びしました」

「そう、なんですね」


 その細腕のどこに俺をお姫様抱っこ出来るだけの筋力があるのだろうかと不思議に思ったが何も言わなかった。

 俺は車から降りた。

 何とか歩くことはできそうだ。

 それでも心配だと有紀が肩を貸してくれた。


「それでは行きましょうか」

「あぁ」


 有紀に肩を借りながら俺は病院の中に入った。

 子供の頃からの行きつけの病院なので検査をしてくれる医者は俺のことをよく知っている。

 検診の結果いつもの疲労から来る発熱だった。

 十分に休息を取るように言われ、俺たちは病院を後にして車に乗った。


「栄養がつくものをたくさん買って帰りましょう。湊さん。スーパーに寄ってもらっていいですか?」

「かしこまりました」

「櫂君。何か食べたい物はありますか?」

「有紀に任せるよ」

「分かりました。栄養がつくものをたくさん作りますね」


 湊さんがスーパーに向かって車を走らせた。

 俺は問答無用で有紀に太ももの上に寝かされた。

 有紀の太ももの上があまりにも気持ちよくて俺は一瞬で眠りに落ちた。


☆☆☆

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