第4話
翌朝。
梅雨は昨日までだったようで、今日は清々しいほど晴れやかな天気だった。雲一つない。
日差しからは夏の訪れを感じ、風も心なしかぬるやかな感じになった気がする。
今日も今日とてパンを買うためにコンビニに向かった。
しかし、それが迂闊だった。
一晩経ってすっかりと忘れていた。
昨日このコンビニで広瀬と出会ったことを。
「おはよう。京堂君」
パンを選んでいる最中に後ろから声をかけられた。
振り返るとそこには口元は笑っているが、目が笑っていない広瀬が立っていた。
俺はソーセージパンを持ったまま固まった。
「おはよう」
広瀬はもう一度挨拶をしてきた。
少し圧のある声だった。
「お、おはよう……ございます」
「それじゃあ、昨日の言い訳を聞かせてもらおうかなぁ~?」
相変わらずニコニコとしているが目が笑っていない。
広瀬の怒っているところなんて見たことがないが、その表情から怒っていることがハッキリと伝わって来た。
でも、俺は悪くない。
強引に約束をしてきたのは広瀬だし、俺は何度も断った。
だから、俺のしたことは何も悪くない。
「言い訳なんてないですよ。だって、俺は何度も断りましたよね?」
「そうだけど……京堂君と一緒にゲームしたかったんだもん」
広瀬は不満そうに頬を膨らませた。
「なんでそんなに俺とゲームがしたいんですか?」
「一緒にゲームしたいことに理由なんている? 一緒にやりたいからやりたいの」
昔の俺だったらその気持ちを理解することができただろう。
でも、今の俺には無理だ。
誰かと一緒にゲームをするなんて、とてもじゃないが考えられない。
そのくらいあの出来事は俺にとってトラウマになっている。
「ごめんなさい。やっぱり無理です。一緒にはゲームできません」
「どうしても?」
「はい」
「そっか……」
広瀬は露骨にショックを受けた顔をした。
その顔を見て少しだけ申し訳ない気持ちになったが仕方がない。
無理なものは無理だ。
「分かった。ごめんね。じゃあ、私は先に行くね」
元気のない声でそう言った広瀬はコンビニから出て行った。
俺はソーセージパンとメロンパンを手に取った。
広瀬と少し時間を空けて俺もコンビニを出た。
空には相変わらず雲一つないのに、俺の心には雲がかかっている気がした。
胸の中がモヤモヤする。
原因は分かっている。
広瀬だ。
広瀬のことが俺の心に雲をかけている。
ただのクラスメイトでしかないのになぜこんなにもモヤモヤするのか。
なんとなくそれも分かる。
ゲームが関係しているからだ。
一人でゲームをすることは何ともないが、誰かと一緒にゲームをすることには抵抗がある。
またあんなことが起きたら……。
そう思うだけで胸が苦しくなる。
もうあんな思いをしたくない。だから、俺は誰かと一緒にゲームはしない。
それで広瀬が傷つくとしても……。
「はぁ、どうすればいいんだよ」
俺はため息をついて空を見上げた。
やはり雲一つない快晴が広がっていた。
☆☆☆
教室の前に到着した。
俺は後ろの扉から教室の中に入った。
広瀬はすでに教室にいて、いつものように姫川と天笠と楽しそうに話をしていた。
その様子を見て俺は少しホッとした。
自分の席に着いてスマホをポケットから取り出した。
俺の学校は授業中でなければスマホを触ってもいいことになっている。
だから俺は休憩時間にゲームをして時間を潰している。
「彩海? さっきから元気ないけど大丈夫?」
「え、あ、うん。ごめん」
「何かありましたか?」
「ううん。なんでもないよ。心配ありがとうね」
ゲームをしていると広瀬たちの話し声が聞こえてきた。
「本当に大丈夫? 悩みがあるならいつでも聞くよ?」
「ありがとう」
視線を感じて顔を向けると広瀬と一瞬だけ目が合った。
目が合ったのは本当に一瞬で俺はすぐにゲームに視線を戻したし、広瀬も二人と会話を再開した。
それからはお互い一度も目を合わすこともなく朝のホームルームの時間となった。
☆☆☆
昼休憩。
今日は晴れているので屋上でご飯を食べることにした。
コンビニで買ったソーセージパンとメロンパンを持って教室から出て屋上に向かう。
屋上は最終下校時間まで常に解放されている。いつでも誰でも入れることになっていて、すでに先客が数人いた。
俺は隅の方に座ってパンを食べ始めた。
パンを食べながら考えているのは広瀬のことだった。
今日の広瀬は姫川と天笠にも心配されていたように目に見えて元気がなかった。
二限目の体育の授業でもいつもの活躍ぶりはなく、どこか上の空でミスばかりをしていた。
広瀬が元気のない原因はおそらく……。
「俺、何だろうな」
俺が一緒にゲームをするのを断ったからとしか考えられなかった。
別に俺は誰かを傷つけたいわけではない。誰とも仲良くならずに、平穏な生活が送れればそれでよかった。
それなのに……。
「はぁ、こんなことになるなら傘なんて貸さなければよかったか」
過ぎてしまったことを後悔しても遅い。
あの時の俺は広瀬に傘を貸す選択をしたのだ。
今更その選択を変えることはできない。
変えることが出来るとするならそれは現在と未来だ。
とはいえ、今の俺に一緒にゲームをする気がないので、こればっかりはどうしようもないのだが。
ソーセージパンを食べながら空を眺めていると、突然、視界に金髪ショートカットの美しい顔が写った。
誰かと思えばクラスメイトの姫川だった。
「ねぇ、ちょっと話があるんだけど」
「お、俺にですか……?」
「そう。京堂君に話があるの」
隣座っていい?と聞かれて俺が頷くと姫川は俺の隣に座った。
俺は屋上を見渡した。
どうやら一人で来たようで、屋上には広瀬と天笠はいなかった。
「彩海ならいないよ。ここには私一人で来たから」
そう言うということは広瀬関連のことで話があるのだろう。
「彩海から聞いたよ。京堂君さ、彩海のこと振ったんだって?」
「えっ……」
姫川の言ったことが一瞬理解できなかった。
(俺が、広瀬のことをふった……? 一体何のことを言ってるんだ?)
確かに一緒にゲームをできないとは言ったけど、広瀬のことを振った覚えなんてない。
「あれ? 違った? 彩海からそう聞いたんだけど?」
「えっと……そもそも告白すらされてません」
「あ~。違う違う。あの子、恋愛には興味ないから。私が言ったのは一緒にゲームをするのを断られたってことね。一緒にゲームできないって言ったんでしょ?」
「それは……はい。言いました」
「なんで?」
広瀬と同様に姫川は何の躊躇いもなく聞いてきた。
どうしてそんなに簡単に相手のパーソナルスペースに入ることが出来るのか。
俺には不思議でたまらなかった。
もしも、自分が同じようにされたら、この人たちは自分のトラウマを何の躊躇いもなく話すのだろうか。
「無理なものは無理なんですよ。この話はこれで終わりです」
「ダメ。ちゃんと理由を教えてくれるまで聞き続けるから。あんなに落ち込んでる彩海を見たのは久しぶりだもん。あんな顔は彩海には似合わない。彩海にはいつでも笑っていてほしい。だから、彩海にあんな顔をさせてるあんたのことを私は許さない。どうして一緒にゲームができないのか理由を教えてくれるまで、私は何度だってあんたに聞くから」
姫川が広瀬のために怒っているということがひしひしと伝わって来た。
教室ではいつもニコニコしている姫川はそこにはいなかった。
そこにいるのは大切な友達のために怒っている姫川だった。
「どうしても言わないとダメですか?」
自分の声が震えているのが分かった。
姫川もそれに気が付いていた。
だから、そっと俺の背中に手を置いたのだろう。
「いいな。ちゃんと聞くから」
姫川のその言葉を皮切りに俺はゆっくりとトラウマを話した。
「そっか。そんなことがね~。それは私でもトラウマになるかも」
姫川は俺が話している間ずっと背中をさすってくれていた。
そのおかげか、もっと苦しくなると思っていたが、話している最中はあまり苦しくならなかった。
「私だったらそいつのことぶん殴ってるわ」
「ほんとですね。ぶん殴ってやればよかったです」
「次そんなことがあったら私を呼びな。そんなことするやつ私がやっつけてやっから」
「それは心強いですね」
「だからさ、一回でいいから彩海とゲームしてあげてくんない? あの子は絶対にそんなことしないから」
「それは……すみません。一日……時間をください」
「分かった。良い返事が聞けることを期待してるよ」
そう言って俺の肩をポンと叩いた姫川は屋上から立ち去って行った。
メロンパンが余っていたが食べる気にはならなかった。
トラウマのことを初めて誰かに話した。
なんだか少しだけ心が軽くなった気がする。
もしかしたらこの出来事は神様がトラウマを克服しろと言っているのかもしれない。
実際トラウマを克服するチャンスが訪れている。
この機会を逃したら次はいつ訪れるか分からない。
それをじっくり考えるための一日だ。
広瀬と一緒にゲームをするのか、しないのか。
姫川にトラウマのことを話した今の俺はほんの少しだけ広瀬と一緒にゲームをしてもいいと思っていた。
☆☆☆
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