第2話

 雨は昼休憩になっても降っていた。

 晴れていれば体育館裏か屋上で昼ご飯を食べるのだが、雨が降っていては行けそうにない。

 教室で食べてもいいのだが、広瀬にいつ話しかけられるかと思うと、警戒して食事が喉を通らなそうだった。

 結局、広瀬はあれから一度も話しかけてくることはなかった(何度か目は合ったけど)。

 俺はコンビニで買ったパンを持って教室を出て、ある場所に向かった。

 雨が降っている日はたいていそこで昼休憩を過ごしている。

 そのある場所は四階にある空き教室だ。

 そこは普段、選択授業などで使う教室だった。

 本当はダメなんだろうけど、昼休憩や放課後でも鍵が開いているので勝手に使わせてもらっている。


 一年生の時からよく使っているが先生に怒られたことは一度もないので、別に使ってもいいのだろうと勝手に思っていた。

 誰もいない空き教室に入り、いつもの席に座った。

 俺がいつも座るのは窓際の一番後ろの席だ。

 ここに来るのは雨の日なので、窓から見える景色は灰色の空くらいだが、なんだかんだこの席が一番落ち着く。  


 早速、コロッケパンを開けて食べ始めた。

 いつもと変わらない日常。

 一人でいることには慣れているし、苦痛に思うことはない。

 むしろ、誰かと一緒にいると気を遣わないといけないから疲れてしまう。

 だから俺には友達がいない。 

 それが理由で友達を作らないわけではないが、友達がいなくても困らないから高校では友達を作らないことにしていた。


「お、このコロッケパンは当たりだな。美味い」


 一年以上コンビニ飯生活をしてきたので、これまでに何種類ものコロッケパンを食べてきたが、このコロッケパンはその中でもかなり上位の方に来る美味しさだった。

 コロッケパンを堪能していると教室の扉がガラガラと開いた。


「こんなところでご飯食べてたんだ~」

 そう言いながら教室に入って来たのは広瀬だった。


「なんで?」

「京堂君とお話がしたくて来ちゃった!」


 広瀬は教室の扉を閉めて俺の隣の席に座った。


「ここって空き教室だよね? 勝手に使っていいの?」

「そんなことより、なんで……?」

「だって、我慢できなかったんだもん」


 上目遣い気味に広瀬が見つめてきた。

 可愛いというのはそれだけで罪だ。 

 こんな顔をされたら誰だって抗えない。

 関わらないようにしようと思っている意思をいとも簡単に消し去ってしまう。


「ここだったらいいでしょ? 誰もいないし、私と話をしてても目立たないから」


 広瀬の言う通りだったので、拒絶することもできなかった。

 ここは滅多に人が来ない場所だ。


「そう、ですね……」

 俺は頷いた。

 頷くしかなかった。


「てことは、京堂君と話をしてもいいってことだよね!」

「……はい」

「やった! 朝、京堂君と話してめっちゃ楽しかったからさ、もっと話したいって思ってたんだ~!」


 広瀬は本当に嬉しそうに笑った。

 やっぱり可愛いというのは罪だ。反則だ。


「てか、京堂君のご飯ってそれ?」

 広瀬は机の上に置いていた焼きそばパンを指差して言った。


「はい」

「もしかして毎日それ?」

「さすがに毎日同じものではないですけど……」

「毎日パンなの?」

「学校の時はそうですね」

「ダメだよ!」


 バンっと机を叩いた広瀬は立ち上がって俺に顔を近づけてきた。


「ゲームは意外と体力使うんだから、ちゃんと栄養のあるもの食べないと! お母さんとかがお弁当作ってくれたりしないの?」

「いませんから」

「えっ……」

「父も母も、もうこの世にいませんから」


 俺がそう言うと広瀬がいきなり抱きしめてきた。

 俺の顔は広瀬の胸に埋まっていた。 


(で、でかい……)  

 制服越しでも分かっていたが広瀬の胸はかなり大きかった。 


(て、そんなこと考えてる場合か!?) 

 この状況を誰かに見られたら確実に俺の学校生活は終わってしまう。


「ごめんね。私、知らなかったから……」 

「い、いえ……」

「本当にごめんね。辛いこと思い出させたよね」


 俺の中で両親との死別はすでに区切りがついている。

 だから、辛いとか寂しいとか悲しいとかはもう思わない。

 広瀬だって悪気があって言ったわけではないことは分かっているので俺は特に気にしていなかった。


「大丈夫です。もう両親のことは自分の中で区切りがついてるので」

「……そっか」

「だから、そろそろ離れてもらえると助かるんですけど……」

「いや、離れない。しばらく抱き締めとく」

「な、なんでですか!? 離れてくださいよ! 誰かに見られたらどうするんですか!?」

「大丈夫でしょ。ここあんまり人来なさそうだし。私も昼休憩に初めて来たくらいだからね」


 確かにあまり人は来ないが、それでも万が一誰かが来るかもしれない。

 もし仮に人が来ないとしても、そろそろヤバい。

 何がって? 

 俺の理性がだよ!?


「マジで離れてください!」

「そんなに私のことが嫌いなの? なんかショックだな~」

「誰もそんなこと言ってないじゃないですか!?」

「じゃあ、私のこと好き?」


 広瀬が俺の目を見つめて言った。 

 見つめてきた広瀬はこれでもかと口角を上げているので、からかわれているのだと一瞬で分かった。 

 冗談でも言って良いことと悪いことがある。

 これは言ってはいけない冗談だ。 

 冗談だと分かっていても、広瀬ほど可愛い女子からそんなことを言われたら誰だって勘違いをしてしまう。

 俺の鼓動がこれでもかと早くなっているみたいに。


「からかわないでくださいよ」

「あはは、バレた?」


 広瀬は満足気に笑うとようやく俺を解放した。


「よし! 決めた! 今日の放課後、京堂君の家に行くね!」

「えっ?」

「一緒にゲームしようよ! ドリクエ一緒にやらない?」

「本気ですか?」

「もちろん! 今度は冗談じゃないよ? ダメかな?」


 友達はいないのでもちろんゲームをする時はいつも一人だ。

 ゲーム友達なんて一人もいない。

 欲しいと思ったことも一度もない。

 ゲームは一人でも十分に楽しめるからだ。  

 それに誰かと一緒にするゲームはやはり気を遣ってしまう。


「遠慮しておきます」

「なんで? 朝あんなに楽しくお話したじゃん! 一緒にやろうよ! ドリクエ!」

「広瀬さん。自分の言ってること分かってます? 一人暮らしの男子の家に来るって言ってるんですよ? その意味分かってますか?」

「なんで? 別に一緒にゲームするだけじゃん。あ、もしかして私にHなことするつもりなの?」 


 広瀬はニヤーっと笑って言った。

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