学年のアイドルに傘を貸したら俺の家がゲーマな彼女たちの溜まり場になった件

夜空 星龍

第1話

 六月。梅雨時。

 この時期は傘が必須だ。

 朝晴れていても、外に出るなら傘を持って出た方がいい。

 今日みたいにいきなり雨が降り出すことがあるからだ。


「傘を持ってきていてよかった」


 午前中から外出をする用事があった俺は一応傘を持って家を出ていた。

 持ってきて正解だった。

 俺が傘を開いて帰ろうとした時だった。


「最悪。雨降ってるじゃん」


 隣からそんな声が聞こえてきたのは……。

 隣を見てみると腰まで伸びたピンク色のストレートヘアの女性が立っていた。

 その女性を俺は知っていた。

 クラスメイトであり学年のアイドルである広瀬彩海ひろせあやみだった。


「傘持ってきてないんだけど」


 広瀬は灰色の空を見上げて呟いた。

 どうやら、雨が降ると思っていなかったらしく、傘を持ってきていないらしい。

 その手には傘の代わりにレジ袋を持っていた。

 広瀬はまだ俺のことに気が付いていない。


(気が付くわけもないか……)


 クラスメイトとはいえ広瀬と言葉を交わしたのは数えるほどしかないし、今日は伊達眼鏡を付けていない。 

 よほど俺のことを見ている生徒じゃないと俺だとは気が付かないだろう。


(さて……)


 どうしたものかと俺は考えた。 

 気が付かれていないのだから、赤の他人としてこのまま帰ることもできる。

 別に広瀬と仲が良いわけではないし、それでもいい。

 むしろ、それが一番いい選択だろう。

 平穏な学校生活を過ごすなら、人気者の広瀬とは関りを持たない方がいい。

 そんなことは十分に分かっている。

 分かっているが……。


「これ、使って」


 当然、広瀬は驚いた顔で俺のことを見た。

 おそらく広瀬はいきなり知らない人に声をかけられたとしか思っていないだろう。

 俺だとはバレていないだろう。 

 俺はそれ以上何も言わずに広瀬の手に傘を無理やり握らせると、その場から走り去った。


「……君?」


 去り際に広瀬が何かを言っていたような気がしたが、雨の音でよく聞こえなかった。  


☆☆☆


 週明けの月曜日。

 今日もまだ梅雨だった。 

 今日は朝から雨が降っていた。

 一昨日、広瀬に傘を渡したが家にはまだ傘が数本残っている。

 そのうちの一本を持って家を出た。

 徒歩十分圏内に住んでいる俺は徒歩通学だった。

 毎朝、学校に向かう途中で俺はコンビニに立ち寄る。

 昼食を買うためだ。

 料理ができない俺は、朝は菓子パン、昼も菓子パン、夜はコンビニ弁当という生活をしていた。

 こんな食生活をしていてはいつか体を壊すことは分かっているが仕方がなかった。

 俺にはもうご飯を作ってくれる人はいないのだから。

 自分で自炊してみようと何度か試みたこともあるが、俺には料理のスキルはなかったようで、全然ダメだった。

 完成した料理を見て食べる気を失ったのは初めてだった。

 それでも諦めずに何度か挑戦したが俺の料理スキルは一向にレベルアップする気配がなかった。

 だから、諦めてこんな食生活をしている。 

 俺はコロッケパンと焼きそばパンを持ってレジに並んだ。

 俺の前に数人の人が並んでいた。

 レジ待ちをしていると後ろから肩をトントンと叩かれた。

 振り返ってみると後ろには広瀬が並んでいた。


「おはよう」


 広瀬が挨拶をしてきた。

 俺に向けて言ったのではないだろと思い、後ろを振り返ってみたが、前に並んでいるのはスーツを着たおじさんばかり。


「ねぇ、なんで後ろを振り返ったの? 私は京堂きょうどう君におはようって言ったのに」


 どうやら俺に向けての挨拶だったらしい。

 もう一度振り返って広瀬の方を見ると少しだけ頬を膨らませて不服そうな顔をしていた。

 予期せぬ事態に俺は一瞬困惑した。

 しかし、すぐにコンビニ店員に「次の方どうぞ~」と呼ばれ、我に返った。

 とりあえず、俺は支払いをすることにした。

 支払いを終えた俺はさっきの出来事はなかったことにしようとコンビニを後にしようとした。

 しかし無理だった。

 コンビニを出てすぐに広瀬は俺の前に立ち塞がったからだ。


「ちょっと! 待ってよ!」

「な、何ですか?」

「何ですかじゃないでしょ! 挨拶をされたら挨拶を返すのが常識でしょ!」


 正論パンチを食らった。

 たしかに広瀬の言う通りだった。

 この様子だと挨拶をしないと通してくれなそうだし、とりあえず俺は広瀬に挨拶をすることにした。


「お、おはようございます」

「うん。おはよう」


 俺が挨拶をすると広瀬は満足そうに口角を上げた。

 することはしたし、これ以上広瀬と一緒にいては学校の誰かに見られて噂を立てられかねない。


「じゃあ、俺はこれで・・・・・・」


 そうならないように、俺は広瀬の横を少し急ぎ足で通り抜けた。


「だから! 待ってって言ってるでしょ!」


 しかし再び広瀬は俺の前に立ち塞がった。

 よく見ると広瀬は俺が一昨日貸した傘をさしていた。


「私はお礼がしたいの! 一昨日、ゲーム屋でこの傘を貸してくれたの京堂君だよね?」


 どうやら、一昨日傘を貸したのが俺だと気が付いていたらしい。


「私、人の顔を覚えるのには自信があるの。あの時は今みたいに眼鏡をかけてなかったし、一瞬横顔を見ただけだけど、一昨日、私に傘を貸してくれたのは京堂君だよね?」


 疑問形ではあったが、俺を見つめる広瀬の瞳には確信していると書いてあった。


「ひ、人違いじゃないですか?」

「そんなわけないよ。あれは絶対に京堂君だった」


 広瀬は言い切った。 

 やっぱり広瀬の中では確信しているようだ。

 一昨日、俺が傘を貸した人物だということを。


(どうする……?)


 お礼をされたくて傘を貸したわけではないし、広瀬と仲良くなりたいと思って傘を貸したわけでもない。

 広瀬が困っていたから傘を貸した。ただそれだけのこと。

 このまま違うと言い張るのは簡単だ。 

 ただここで違うと言い張ったところで、広瀬の中の確信を覆すことは難しいだろう。

 ここで違うと言い張って学校で話しかけられても目立つだけだ。

 だったら、今ここで素直に認めてこの話を終わらせた方がいいのではないだろうか。

 そう思った俺は素直に認めることにした。


「そうです。その傘は俺のです」

「やっぱり!」


 俺が素直に認めると広瀬は太陽のような笑顔を浮かべた。

 その瞬間、広瀬の周りだけ晴れたように感じたのは気のせいではないだろう。


「あの日、傘貸してくれてありがとうね! 本当に助かったよ! もし、京堂君が貸してくれなかったら買ったばかりのゲームを濡らしちゃうところだったから。てか、気になってたんだけど、京堂君は大丈夫だったの? 私に傘を貸したから濡れて帰ったんだよね?」

「まぁ、はい。濡れましたけど大丈夫でした」


 ケースについていたビニールはびしょ濡れだったけど、ソフト自体には何の問題もなかった。 


「そっか。よかった」


 広瀬はほっとした表情を浮かべた。


「あの日、京堂君も何かゲーム買ったの? てか、京堂君もゲームやるんだね!」


 まるで仲間を見つけて嬉しいとでも言いたげな笑みを浮かべた広瀬が一歩近づいてきた。


「私もゲームやるよ! あの日も新作ゲームを買いに行ってたんだ! 京堂君は何を買いに行ってたの?」

「俺も新作ゲームを買いに……」

「もしかしてドリクエ!?」

「……はい」

「そうなんだ! 京堂君もドリクエ買ったんだ!」 


 俺がドリクエを買ったと知った広瀬は見るからにテンションが高くなった。

 ドリクエとは『ドリームクエスト』の略で漫画が元のMMORPGだ。

 もともと漫画を読んでいた俺はドリクエのファンだった。

 ゲーム化されると発表された時は飛び跳ねるほど嬉しかった(実際にベッドの上で飛び跳ねた)。

 予約開始された日に即予約をして、いまかいまかと発売を楽しみにしていた。

 そんなドリクエの発売日が一昨日だったというわけだ。


「どこまで進んだ!? 職業は何選んだ!? 推しキャラは!? 漫画も読んでる!?」


 瞳をキラキラと輝かせた広瀬が矢継ぎ早に次々と質問をしてきた。

 広瀬のドリクエへの熱量がひしひしと伝わってきた。

 その熱量に俺が圧倒されていることに気がついた広瀬は「ごめん」と申し訳なさそうな微笑を浮かべて謝ってきた。


「私、ゲームのことになると周りが見えなくなるの」

「・・・・・・そうなんだ」

「うん。本当にごめんね。一個ずつ聞くね! う〜ん。そうだなぁ〜。じゃあ、職業は何にした!?」


 尚も変わらずキラキラとした瞳を俺に向けて広瀬は聞いてきた。

 正直、これ以上関わるつもりはなかったが、広瀬とドリクエの話をしたいと思ってしまっている自分がいた。 

 広瀬と話をするにしろ、しないにしろ、とりあえずこの雨の中いつまでも外にいたくない。


「とりあえず、学校に向かいませんか?」

「それは私と話をしてくれるってことでOK?」

「学校に着くまでなら……」

「え~。学校に着くまでなの?」

「そうですね。あんまり目立ちたくないので」

「ふ~ん。そうなんだ」


 広瀬は悪戯な笑みを浮かべて俺の顔を覗き込むと横に並んだ。


「分かった! じゃあ、学校に着くまでお話しよ! ということで、職業何にしたか教えて!」

「戦士です」


 俺たちはドリクエの話をしながら学校に向かって歩き始めた。

 広瀬との会話は思いのほか盛り上がって、気が付けば校門の前に到着していた。 

 広瀬はちゃんと約束を守ってくれた。

 俺たちは校門の前で分かれて別々に教室に向かった。


☆☆☆

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