とある怪談作家の野望

ラッキー平山

とある怪談作家の野望

「私の奇妙な体験」平岩かずみ


 五、六歳の頃、奇妙な体験をした。夜布団に入ってうとうとしだすころ、横向きに寝ていた場合、不意にすさまじい水圧のような、何かの圧力がやってきて、上から頭をぐいぐい押しつぶそうとする。おそらく実際にそういうものが来るわけではなく、そんな感覚がするだけなのだが、ただ寝付きであっても、決してそれは夢ではなく、完全に目覚めた状態でおきる現象である。


 頭が潰されそうになるのだから、当然すさまじい恐怖感に襲われるが、といって簡単に身動きはできない。そこは金縛りに近いかもしれないが、思い切って寝返りをうつなりすれば、振り切ることは可能である。しかし恐れのせいで力が入らず、それがなかなか出来ない。圧迫が強まり、「もう耐えられない」「これ以上いくと、本当に頭が割れる」ほどの限界に達して初めて、やっと頭をぶんぶん振って「正気」の状態に戻ることができる。すると、あれだけ上から神のごとき強力な力で押していた圧力が、嘘のように消えてしまうのである。


 この恐ろしい感覚は毎晩のように続き、幼い私を苦しめた。といって長男だったので親にも言えず、ただ毎晩、この死の恐怖と絶望に耐えるしかなかった。

 今思えば、これはおそらく家庭環境から来る過剰なストレスが原因で起きていた、一時の発作のようなものだったのだろう。当時、親から受ける長男の責任と期待に押し潰されそうだったことが、頭への激しい圧迫という形で現れたのだと思う。


 しかし小学校から中学へあがり、成長するにしたがって、この現象は次第に起きなくなっていった。成人して何十年にもなる今は、ただ、たまにふと思い出すだけの、ひとつの奇怪な体験談でしかない。




 だが、ときおり思うことがある。

 もしもあのとき、限界になってもじっとして頭を振らず、あのまま頑として我慢しとおしたなら、いったいどうなっていただろう? 

 あの頃はまだ小学生だから出来なかったが、もう五十過ぎている今なら、きっとすさまじい恐怖と不安に襲われても、あの恐ろしい圧迫に最後まで耐え切れる。いやべつに、稲生物怪録のように「次々に襲い来る物の怪に耐えきったら、魔王から誉めてもらえる」みたいのを期待するわけではないが、それでも終いまで行けたら、きっと何かが見えるだろう。見たこともない、素晴らしい未知のなにかに、きっと行き着けるだろう。

 そんな、おぼろげな期待が、今も私の中に消えずにくすぶっている。また、それが出来ないままで人生を終えることに、一種の未練と後悔があるのだ。


 といって、老年に差し掛かった今は、もういくら横向きに寝ようが、あの突如深海にでもワープしたような、すさまじい恐ろしい圧力は来ない。だがもしも、次に「あれ」が来るときがあったなら、今度こそは、たとえどんなに恐怖と絶望がこの身に押し寄せようが、今にも頭が割れると本気で思う域にまで達そうが、決してやめず、最後まで耐え抜くつもりだ。そうすれば、きっと人生のなにがしかの真実を手にし、今までに見たこともない世界の扉をひらけるはずである。そう思い、作者は今からわくわくしている。


 もっともこれは、その現象が明日にでも起きれば、の話であり、幼児期でぱたりと絶えてしまったものが、今さらわざわざ復活するとも思えない。ですので、まあ期待しないでください(笑)。

 作者にとって、この思い出の価値は、「おかげで、エッセイのネタが一個出来たわい」ぐらいのものですわ(終)。






「怪談作家、異常きわまる死」(○○新聞、夕刊三面記事から)


 ネット上では、ある程度知名度のある怪談作家、平岩かずみ氏が、昨夜自宅で変死しているのが発見された。今朝、彼を起こしにいった家族がドアをあけると、部屋いっぱいに血のにおいが充満し、彼の寝ている布団も畳も一面血の海だった。

 警察の調べでは、平岩氏は頭部を激しく砕かれて即死していたが、それは単純な打撲によるものではなく、何か強力な力で上から圧迫され、卵が割られるようにぐしゃりと潰されたらしい、という壮絶きわまるなものだった。脳や目鼻などの器官も、ぐちゃぐちゃに破損してしまい、無残に原型をとどめていなかった。


 大きな謎は、頭部をこれだけ破壊するにはかなりの力がいるはずだが、それを行ったものの痕跡がまるでないことだ。


 昨夜は部屋の窓は閉まっていて、ドアに鍵はなかったが、何者かが家に侵入して廊下を通れば家族にわかったろうし(廊下はかなりきしむので結構な音がする)、仮にバレなかったとしても、これだけの犯罪を無音で行い、また気づかれずに現場を去る、というのはほとんど不可能である。

 これほどの残忍な犯罪が行われたにもかかわらず、彼の家族や近隣は、大きな音や悲鳴などの物音をいっさい聞いていない。検死官の話では「まるで頭が自分で、音もなく静かに潰れたかのようだ」とのことだ。




 実はこの直前に、作者が週刊誌に連載していた最新のエッセイに、この事件をにおわせる内容が書かれていたことがわかった。今のところ、事件の真相を説明できる材料はそれしかないが、とても事実とは信じがたい異常なものである。


 作者は、就寝時におきる頭への圧迫について「幼児期に受けたストレスが原因だった」としている。だが、それはストレスがなくなるにつれて消えたという。

 このことから――かなり気味の悪い結論ではあるが――それとは違う、なにか別のものが原因だった、という推察にならざるをえない。



 それが長年来なくなっていたのは、たんにたまたまでしかなく、彼が老年になってから、また再び「やってきた」ということなのだろうか?

 そして、今度は恐怖で振り切ることをせず、そのまま最後まで耐え抜いてしまったために、彼の頭は、その「なにか」によって潰されてしまった、ということなのか?


 そうなると、彼を殺したその「なにか」とは――

 いったい、なんだったのだろうか?(終)

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