第6話(全7話)
「そこだ! そっち! 向こう!」
「口ばっかりの指示で全然わかんないよ~! まふたろ~のばかやろう~!!」
はあ、はあ、と息切れを起こしながら、少年は必死に逃げていた。上から降ってくる声は恐怖の対象だ。
理由はわからない。なぜか、彼らが自分の姿を認めたと思いきや、いきなり追いかけてきたのだから。
少年の名前はケヌギ。
べつに珍しい存在ではない。平民の両親の間に生まれて、ごく当たり前の量の愛情を注がれて育ってきた。
それが今、ちょっぴり奇抜な服装の少女と、半獣の少年に追い立てられている。
半獣の彼は半獣だから、軽やかな身のこなしで屋根から屋根を飛びまわることができるということは、少年にも理解できる。
だが、少女の方は、自分と同じで、混じり気のないただの人間のはずだ。
なぜ、彼女も半獣の彼のように、ぴょんぴょんと飛びまわっていられるのだろうか――。
少年の疑問も尤もだが、今はそれに応える者はこの場には居なかった。
「――あ!」
ケヌギは足を滑らせてしまった。筋を捻り、大きく倒れ込んでしまう。
「あ~あ、無理するから~」
少年の前に、二人組が降り立った。少女は呆れた顔をして、ケヌギを見下ろしている。
ケヌギは精一杯の強がりを二人に見せて、抵抗を示した。
「お、俺はなにも持ってないぞ! 来るな!!」
「いらないよ! お金なら、お父さんからお小遣い貰ってるし~?」
屈託のない笑みで言い返す少女に、ケヌギは奇妙な気持ちに襲われた。
なんだ……こいつは? 悪意がないなら、どうして俺を追いまわす? ただの悪戯のつもりか? それなら、もっと質が悪い!
きっ、と彼女を睨みつけるケヌギと少女――ゆらの間に半獣の彼、ミスターXが割って入る。
そして、彼は少年に事情の説明を試みた。
「実はこの子――ゆらは、迷子になってしまったんだ――黙ってて!!」
迷子という言葉に反応して、すかさず余計なことを口走ろうとした少女の口を押さえて黙らせると、ミスターXは続きを話した。
「その、迷子のなり方ってのが、少し特殊でね……なんて言えばいいかな……そうだなあ……」
ミスターXは、ケヌギにどう話せば伝わるのか悩んだ。
そして、ひとつの結論に達した。
「よし、率直に言おう。君に、この子が家に帰る許可を与えてほしいんだ」
「はあ……? 許可を……? 俺に?」
ミスターXの言うことが理解できず、目をぱちくりするケヌギ。
ミスターXは、そんな少年の様子を馬鹿にせず、真剣な表情で頷いた。
「そう、許可だ。君が、一言許すだけでいい。どうか、この子を家に帰してやってくれないか?」
「あ、ああ……?」
わけのわからないまま、ケヌギはゆらを見た。
少女は、うんうん! と元気に頷いている。
そして、躊躇いがちに、少年は許可を口にした。
「か、帰っていいよ……?」
「……む……!」
すると、ゆらが異変を感じて、反応を示した。
少女は鼻のあたりを擦ると、居心地が悪そうに顔を顰める。
「お、どうやら、当たりだね。……ね? 言ったろう?」
「あーはいはい。ありがと。あとさ。その子、怪我させちゃったみたいだから――」
「――フォローは任せて。その分も含めて、今回は借りね」
「え、うそでしょ!? ここまで全部借りなの?」
「いつか返してくれればいいさ。気長に待つよ」
「うげ~……」
半獣の彼と少女のやり取りを呆然と見つめているケヌギに気づいたミスターXは、微笑んで少年に近づくと、懐からいくつか道具を取り出した。中には少量の金銭も含まれている。
「ほら、これで怪我を治すといい。さっきは追いかけまわして悪かったね」
「え!? いや、でも……」
躊躇うケヌギに、ミスターXは、まあまあ、と自然な手つきで物を押しつけていく。
「じゃあ、貰っておくけど……」
ついでに、少女にもお礼を言おうとして、ケヌギは彼女が立っている方へと視線を移した。
……が、そこには誰もいなかった。
「……え?」
煙のように消えてしまった少女に呆気に取られていると、ミスターXは悪戯っぽく笑って少年に言った。
「ああ、彼女ならもう帰ったよ」
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