8
放課後、図書室に「学園祭殺人事件」の関係者が集められた。
鈴木先生の遺体発見に居合わせた、俺、遥、吉川由紀、里見京子、そして北川大樹。このメンバーは声をかけるまでもなく、自然と図書室に集まった。
さらに遺体発見直前、俺たちと接触していた山下成海、加藤愛梨もいる。この二人に関しては、遥と俺が二組に山下を呼びに行くと、すんなりついて来た。問題は加藤だった。頑なに図書室へ行くことを拒否したため、昼のこともあり、遥も流石に焦っていた。なかなか全員が集まらないことに、痺れを切らした桜木警部が顔を出したことで、連れて来ることが出来た。
そして、この七人以外は警察関係者だった。桜木警部とその部下二人。
俺たちは図書室に並べられた椅子に座る。この配置は、俺たち自身で設営したビブリオバトルの会場だ。最前列に警察三人が座り、その後ろに学生たちは座っていた。俺は発表の時間を測る、タイマー係が座るはずだった席に座る。皆の前に立つ遥の、斜め後ろの席だ。
あの日、予定通りビブリオバトルが開催されていればこんな具合だったのだろう。そんなことを考えた。
「みなさん、お集まりいただきありがとうございます」
遥は恭しく礼をした。
「柊くん、約束通り君の推理を聞こう。ただし聞くだけだ。内容によってはこちらも考えを改めるとか、そういったことはあまり期待しないで欲しい」
桜木警部がそう言うと遥は、承知してます、と返した。
この二人以外は誰も言葉を発しようとしない。緊張感に満ちた今、遥の推理劇が始まった。
*
「ではまず、北川くんがなぜ今、警察に任意同行を求められているのか。それについての私の推理と警察のみなさんの考えを擦り合わせることから始めていきます」
いいだろう、と桜木警部が言う。
「警察の方々が、北川くんが犯行に関与したと考えた理由。一つは鈴木先生の死亡推定時刻。そしてもう一つは先生の首の索条痕」
遥は確認するように桜木警部を見る。警部は小さく頷いて返す。
「昨日、四組の浅井くんという生徒が警察から、十二時半から十三時半の間に図書室に近づいた人物がいなかったかと聞かれた、と言っていました。これは司法解剖、死体の反応から見ての鈴木先生のおおよその死亡推定時刻とみて間違いないでしょうか?」
これを受けて桜木警部が答える。
「ああ、その通りだ。警察医の見解でもあるし、鈴木先生の最後の目撃情報は事件当日の十二時二十分頃だ。職員室を出る際、他の教師が見ている。あれだけ大きな人物だから多くの学生が見たと言っていたが、具体的な時刻を確認したと思われる彼の証言が採用された。さらにこの教師が鈴木先生にどこに行くかと聞いたら、生徒に呼ばれてると答えたらしい。場所は聞いていなかったそうだが、間違いなく図書室だろう。
真っ直ぐ図書室に行ったのなら、浅井くんが休憩に入ったのが十二時頃だから、彼は図書室に入る鈴木先生を目撃することは出来ないね」
桜木警部は思いの外、警察の見解を示し遥の推理を補足する。
「はい。そして鈴木先生が図書室に入る前に犯人は図書室の鍵を開けて中にいたと思われます。この人物も浅井くんは目撃していない」
桜木警部は頷く。
「その後、彼が目撃した人物は二名。十三時過ぎに図書室から出て来た加藤さん。そしてその後、図書室前に敬介を探しに来た北川くんです。しかし残念ながら浅井くんはちょうどお客さんの対応に入ったのでその後の北川くんの行動は見ていない」
遥は一息ついた。かすかに緊張しているのだろう。
加藤愛梨はその様子を腕を組んで見ている。果たしてどう弁明するのか。
「考えられる犯人はこの二人ですね。川上くんも疑わしいですがその時間、彼はずっと縁日の屋台に付きっきりでしたから、アリバイがあります。状況的に加藤さんが怪しいでしょう。しかし、殺害遂行能力という点では加藤さんよりも北川くんが犯人だと考えられる」
「そうだ」
桜木警部が答える。
「理由は大きく二つに分けられます。
まずは、体格差。鈴木先生は身長が一八〇センチメートルを超えます。一方加藤さんの身長は女子生徒の中では平均的か、それより低いです。一六〇センチメートルない、といったところでしょう。犯人は鈴木先生の頭部、もう少し具体的に言えば後頭部でしょうか。そこを鈍器のようなもので殴り、気絶させています。全く不可能という訳ではありませんが、後頭部とはいえ、この身長差でしかも女性の力では難しいでしょう」
遥は加藤の方を見る。加藤は挑戦的に遥を見返した。
「そしてもう一つの理由。それは鈴木先生の首に残った索条痕です。先生の首に残った痕は後頭部から見て右上から左下にかけて斜めに出来ていました。そうですね?」
「ああ、君とそこの津田くんも確認した通りだ」
桜木警部は俺の方にも視線を向けた。
「はい。通常、人の首をヒモ状のもので絞めるとすればそれはきっとこんな具合でしょう」
遥は両手で握り拳を作ると、聴衆に向けて突き出す。
「このようになります。首に巻き付けられたヒモは地面に対して水平となり、索条痕も横向きに真っ直ぐにつくでしょう。しかし、被害者の首に出来たそれは斜めになっていた。なぜこんな形になったのか」
遥は北川の方を見る。
「そう、犯人は左肩が上がらなかった。だから右肩を上げて被害者の首を絞めた。あなた方の考えはこうですね?」
遥は視線を桜木警部たちに戻す。
「ああ、そうだ。まさしく我々の見解と同じだ。索条痕もかなりの力でつけられたと考えられる。そのため、我々は実行犯として体格差も力も無理がなく、左肩が上がらないという情報から北川くんに目をつけた」
北川が立ち上がる。
「そんな! 俺がそんなことする訳」
「北川くん!」
遥が北川を制する。
「黙っていられないのは分かる。でも今は話を聞いて欲しいの」
それを聞くと北川は分かったよ、と渋々腰を下ろした。
「桜木警部。凶器についてはどのようにお考えですか?」
遥は再び桜木警部に尋ねた。
「君も知っていると思うが、頭部を殴ったのは広辞苑ではない。打撲痕と一致しなかったからだ。広辞苑の角を潰したのはその場で急遽、凶器を調達した、つまり衝動的犯行と見せかけるためだ。さらに首を絞めたヒモ状のもの、これは観葉植物のツルだ。あれは引きちぎったのではなく、ハサミのようなもので切断されていた。断面が綺麗だったろう? 衝動的犯行でそんなものが準備出来ているというのはちょっと考えづらい。
そしてツルは焼却炉にでも入れれば始末出来る。学園祭が終われば可燃ゴミの一部は学校の焼却炉で燃やすらしいからね」
「鈍器の捜索、そして焼却炉の中からのツルの捜索の結果はどうですか?」
「まだ見つかっていない。ツルも同様だ。これは焼却炉ではなく他の場所に捨てたのだろう。それならば犯人に聞けばいい。ついでに鍵を盗んだ共犯の情報も出てくるかもしれない、犯行動機もな」
なんていい加減な考えなんだろう。俺は憤りを感じていた。見切り発車もいいところだ。そんなに早く犯人を挙げたいのか。
「我々の考えた筋書きはこうだ。
まず、加藤の指示により川上たちが事務室から図書室と屋上の鍵を盗み出す。屋上に関しては本当に後で使いたかったからか、もしくは事務員の気をそちらに反らせば、図書室の鍵が無くなったことに気付かないかもしれない。まあそんなところだろう」
「事務員さんはそのことを黙っていたようですね。なぜなのですか?」
「気弱なおじさんだ。バレてクビになるのが怖かったんだと言っていた。それに屋上の鍵はいつの間にか事務室のカウンターに置いてあった。図書室の鍵も無事戻ったし、黙っていればいい。そう考えたそうだ」
警部は呆れたように言った。
「それでその後はどんな筋書きをお考えですか?」
「川上から鍵を受け取った加藤は図書室の鍵を開けておく。そして、北川にバトンタッチして鈴木勲を殺害し再び図書室を施錠、といったところだ。
最終的に鍵は加藤が持っていた。後から北川が渡したんだ。ビブリオバトルの準備に来た里見くんたちが施錠された図書室の前にいるのを見つけた。いや、その機会をうかがっていたのかもしれん。幸い鍵が盗まれたことには気付いていない。もし彼女らが事務室に鍵を取りに行き、鍵の番人の口から、いやそれが盗まれましてな、なんて出てきたら大事だ。自分が取りに行くといい、事務室近くまでいき、屋上の鍵をカウンターに置く隙をうかがう。慎重を期したのだろう、それで時間が掛かったんだ。事務室が分からなかった訳では無い。そして図書室前に戻りあたかも今鍵を借りて来たかのように見せかけた。お粗末な計画だ。事務員が黙っていなければ成立しない」
桜木警部は一気に言った。加藤は腕を組んで窓の外を眺めている。
遥は咳払いをすると、
「分かりました、桜木警部。それが警察の見解ということですね。
では、ここからは私の推理を述べたいと思います。まず言っておきましょう。北川くんは一切、鈴木先生の殺害に関与していない」
聴衆を真っ直ぐ見据えそう言った。
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