7
翌日、学校へ向かう足取りは重かった。
昨日、遥の推理はおおよそ固まったようだった。俺は何も決定的なことは聞かされていないが、きっともうすぐ事件は解決されるのだろう。不思議とそんな確信があった。
だが俺は言い知れぬ不安というか、内心この事件が解決されることに一種の拒絶反応のようなものを示していた。しかし、いつまでも犯人を野放しには出来ない。尊敬する恩師を失った北川がそれを許さないだろう。
よし、と決心を固めて正門を潜ると視界の隅にパトカーが見えた。この瞬間、決心が打ち砕かれる。酷く嫌な予感がした。
*
普段通りの学校生活。退屈なはずのそれは警察の存在感とクラスメイトへの疑心に支配されていた。昼休憩、堪らず俺は教室の外へ逃げ出した。
息が詰まる。そういえば北川を見てないな。一緒にくだらないことをしゃべり、様々な不満を共有した友人は今日は休みなのだろうか。なぜか俺は強くそれを願った。
あの退屈な日々はどこに行ったのか。全ては学園祭から変わってしまった。このままだと押しつぶされてしまう。廊下にうずくまろうか本気でそう思った時、誰かに肩を叩かれた。
「敬介、来て」
遥だった。彼女はそう言うと俺の手を引き廊下を駆け抜ける。体がだるくてとても走れそうにはなかったが、遥の小さな背中にはとても頼り甲斐があった。俺は遥がいるから、彼女に引っ張られてようやく走れるんだ。そんな感慨を覚えた。
廊下の先には図書室、吉川や京子がいる静かな世界。しかし、そこにはそんな世界とは縁の無いはずの物々しい男たちの姿があった。その中心にいるのは北川大樹だった。男たちは北川を取り囲み、ガンを飛ばし、制圧するような雰囲気を醸し出している。
「北川くん、鈴木勲さん殺害の件で話が聞きたい。署まで来てもらおう」
桜木警部が冷徹な声で北川に告げる。
遠くで京子と吉川が半分泣きそうになりながら、その様子を見ている。
「違う! 俺はそんなことしない。なんで俺が鈴木先生を……!」
「それを署で聞かせろって言ってんだ」
若い刑事が北川の左肩を掴む。怪我をしている方の肩だ。力が強いのか北川がうめき声をあげる。
やめろ! 北川を連れて行くな!
そう思ってても声が出ない。神様、どうすればいい。
なす術なく、固まっていると遥が颯爽と歩み出る。北川と桜木警部の間に入ると、警部の顔を睨みつけた。
「桜木警部やめてください」
「また君か。遊び半分で俺たちの邪魔をするな。いい加減お前らガキの相手なんてしてる暇は無いんだ」
「それが市民の安全を守る警察の言葉ですか」
桜木警部は怒りで紅潮している。
「疑わしきはなんとかですか。そりゃ楽でいいでしょう。でももっとガキの話も聞いたらどうです? こんな大の大人が寄ってたかって無実の少年を取り囲み、オラつくなんて異常ですよ」
「まあ君の話なら後でいくらでも聞いてやろう。おい、連れて行くぞ」
はい、と言い若い刑事は北川を引っ張っていく。
「桜木警部、それは間違っています」
「黙れ!」
京子と吉川がついに泣き出す。その横にはいつの間にいたのだろう、山下成海もいた。
「探偵ごっこはお家でやってろ! あんまり警察をなめんなよ!」
北川がどんどん遠ざかって行く。それを見つめる山下の目にも、涙が浮かんでいた。
ああ、ダメだ。もう戻らない。そう思った時だった。
「お願いします‼︎」
一際大きな声が廊下に響く。声の主は遥だった。桜木警部に対し、深々と頭を下げている。
「今までの非礼は詫びます。どうかお許しください。だからお願いです、私に時間を下さい。放課後、ここに関係者を集め、私が彼の無実を証明します。だからお願いです、まだ彼を連れて行かないで下さい」
今までの態度が嘘のようだった。遥は全く頭を上げようとしない。ひたすらお願いです、と繰り返す。
堪らず俺も彼女の横に飛び出し、桜木警部に頭を下げた。
「桜木警部、俺からもお願いします! きっと遥が彼の無実を証明します。だからお願いします! 遥の話を聞いて下さい!」
「君たちなあ」
桜木警部がそう言いかけた時、別の刑事が横から「警部」と耳打ちする。
周りがざわざわしている。俺たちのやり取りを聞きつけて、生徒や教師が集まって来たのだろうか。
やがて警部は頭を上げなさい、と言った。
「分かった。今日の放課後、柊くん。君の見解を聞かせてもらおうじゃないか。それが終わったら私たちは再び、彼に任意同行を求める。それでいいね?」
遥と俺は顔を上げ、揃って「ありがとうございます」と礼を言った。
「みなさんお騒がせしました。どうぞお引き取り下さい」
桜木警部が群衆にそう言うと、皆気圧されたのか解散して行った。
「それじゃあ、柊くん。放課後にまた」
「はい、ありがとうございます」
遥が再び礼を言うと、桜木警部は部下を引き連れて去って行った。
突然、左手に何かが触れた。見ると俺の左手を遥の右手が掴んでいた。遥は放心し、前を見つめたまま動かない。白く華奢な手は恐怖ゆえか、震えていた。
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