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遥は一度深呼吸すると推理の披露を再開した。
「私の考えた事件の筋書きはこうです。
犯人は事前に鈴木先生を図書室に呼び出します。決して自分の名前は出さないでくれとでも言ったのでしょう。浅井くんが十二時に休憩に入るため、その時間は監視がいません。また図書室のある渡り廊下からこっち側は一般公開もされていないし、ビブリオバトルという大抵の生徒はあまり興味を示さないイベントが開催されるので、目撃される可能性は低いと踏んだのです。
監視の浅井くんがいないのを確認して、図書室の鍵を開けて中に入り、鈴木先生を待ちます。鍵は無論、川上くんから受け取っています。先生がやって来ると、ベランダに行こうとなります。中庭では十四時から書道部のパフォーマンスの予定でしたが、ある程度準備がされており、部員は校舎内で昼食でも取っていたのでしょう。この時期外はまだ暑いです」
「なぜベランダに行った?」
桜木警部は聞いた。
「ベランダから何かを確認してくれと言ったのかもしれません。それこそ犯人に聞けばいいです」
「なるほど、その点は我々と同じだな」
桜木警部は自嘲気味に言うと、隣の刑事に同意を求めた。
「そして、この後犯人はベランダで鈴木先生を殺害します」
「凶器は?」
「まだありません」
「ん? どういうことだ?」
「この時、まだ犯人の手にも、図書室の中にも凶器はなかったのです」
「なんだと!」
桜木警部は声をあげる。隣の刑事たちも訳が分からないようで互いに顔を見合わせ、首を捻っている。
「じゃあ凶器は図書室の外にあったのか?」
「そうとも言えます」
「図書室前の廊下か?」
「いいえ、少なくとも一階や二階ではありません」
「じゃあ、被害者がベランダから中庭を眺めている隙に三階に取りに行ったのか? 待てよ、そういえば屋上の鍵が盗まれていたな。分かった、凶器は屋上に置いてたんだな」
「その通りです。凶器は屋上にありました。ですが、取りに行く必要はありません。犯人はそこで待っていれば良かったのです」
「なに⁉︎」
刑事たちだけでなく、北川や京子、吉川も顔を見合わせ騒ついている。遥はその喧騒に負けないよう、一段声の調子を上げて言った。
「凶器を取りに行く必要はありません。なぜなら凶器は空から降って来たからです」
*
皆、唖然としていた。空から凶器が降ってくる。そんな犯人にとって都合のいいことなどあるのか、そう言いたげだった。
「柊くん。凶器を屋上に隠していたのはまあ分かる。だがそれが、どうやって二階のベランダに降ってくると言うんだ?」
やはり桜木警部は納得出来ないようだ。
「桜木警部、私の推理では鈴木先生殺害の実行犯は二名います。一人は図書室に、そしてもう一人は屋上に。
屋上にいるもう一人が、凶器を二階のベランダに向けて落としたのです。敬介、みなさんに見せてあげて」
遥からの合図を受け、俺は椅子の後ろに隠していたものを取り出し皆に見せた。
「こちらが鈴木先生殺害に使われた凶器、コードリールです」
遥が昨日、放送室で見つけた凶器。それがこのコードリールだった。回転するドラム型の本体に電源コードがリールのように巻き付けてある延長コードだ。
「なるほど、もう一人の人物がこれを屋上から二階のベランダに向けて落としたと言うんだね?」
桜木警部はコードリールを指差して言う。
「はい。こちらのコードリールの長さは三十メートル、重さは約六キログラムです。屋上の人物はコードのプラグ部分を持ち、本体の部分を下に向かって落としますが、そのままだと地面まで落ちてしまいます。校舎の高さは二十メートルもありません。なのであらかじめ、二階のベランダから、ややはみ出るくらいの長さまでコードを出し、それ以上コードが出ないようストッパーを付けたのです」
「なるほど、そうするとコードリールの本体は地面まで落下することなく、二階まで届くな。後はベランダにいるもう一人がそれを受け取って、鈴木先生を殴打して気絶させ、コードで首を絞めるということだね?
だが柊くん。そんなものが突然、空から降って来たら被害者は驚くだろう。それにベランダにいる方の犯人が降って来たコードリールをうまく掴めなかったら、被害者に逃げられてしまう。計画は破綻するぞ」
桜木警部は鋭く指摘した。しかし、遥は狼狽えていない。この程度の指摘は想定内だ。
「いえ、桜木警部。今回の場合、コードリールが降って来た時点で鈴木先生は気絶しています」
「なんだって?」
警部は身を乗り出す。
「コードリールは共犯者の手元目掛けて落ちて来たのではありません。鈴木先生がベランダから下を覗いた瞬間、先生の後頭部に向かって落とされたのです」
「馬鹿馬鹿しい‼︎」
ついに桜木警部は立ち上がる。
「柊くん、それは無理だよ。被害者の後頭部目掛けてコードリールを落としただって? 君はそれを本気で言ってるのか? そりゃあ屋上から地面の的に向かって落とす訳ではないから、狙い澄まして何度かやればいつかは当たるだろうさ。でもそんなことをよりによってやり直しのきかない、失敗が許されないシチュエーションの中、一発で当てるなど不可能だ。それを成功させたのならとんでもない神業だよ」
「ところが警部。屋上にいた犯人はそんな神業を持っており、不可能を可能にしたのです。そしてその人物は今ここにいます」
「なにぃ⁈」
すると、遥は一度目を伏せると決心し、顔を上げた。
「鈴木先生を殺害した二人の犯人。そのうちの一人は、山下成海さん。あなたです」
*
山下成海に皆の注目が集まる。山下は膝に置いた手元から視線を動かさない。
「おい、柊くん。どういうことだ? なぜ山下くんならそんなことが可能だと言うんだ?」
当然の疑問だろう。警部は彼女の特技を知らない。
「警部はご存知ないでしょう。山下さんは優れたコントロール力を持つ人物です。学園祭で野球部が開催したストラックアウトでは見事八つの的を倒しました。また、一年生の時、弓道部の体験入部では矢を的に当てています。いずれも全くの未経験にも関わらずです。天の才、まさに神業です」
「待ちなさい。いいか、ストラックアウトも弓道もあれは的に向かって、つまり地面に対して、水平にボールを投げたり、矢を射る行為だろう? しかし今回のこれは、地面に対して垂直に落とす行為だ。全然勝手が違う!」
「果たして、そうでしょうか?」
遥は毅然と答える。
「むしろ簡単と言えます。水平に物を投げ、的に当てる場合、物体は重力の影響を受けて落下していくことを考えなければいけません。ですが垂直に地面に落とす場合、重力はむしろ好都合。力いっぱい投げる必要もなければ、重力による軌道のずれを気にする必要もありません。緊張した状態だったり、風の影響を受けたりしたなら難しいでしょうが、山下さんのコントロール力ならいともたやすく的を狙えます」
この場合の的は、鈴木先生の後頭部ということになる。
「確かにそうかもしれんが……」
「なかなか信じられないかもしれません。しかし、これはあくまで私の推理です。そしてまだ私は全てを話し終えた訳ではありません。どうか最後までご清聴下さい」
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