普遍的日常風景

 テレビには、誘拐事件に巻き込まれた女の子の写真が映し出されている。可愛らしい大きな目、胸元に刺繍の入った白の半袖Tシャツに膝丈ジーンズ。事件はここから遠く離れた地で起きたらしい。可哀想に、まだ小さいのにね。茶を啜る。熱い。もうちょっと冷ませばよかったわ。ふうふう息をふきかけながら、テレビ画面に再び目を向けた。

 彼女は放課後、ひとりで書道教室に向かう途中だったらしい。15時半頃だったからと油断していた、と女の子の両親は涙ながらに語った。15時半ねぇ、たしかにまだ明るいものね。ご近所さんから貰った煎餅を噛み割る。これ美味しいわね。また買ってきてくれないかしら、なんて図々しいことを考えた。

そのとき、スマートフォンが鳴った。ディスプレイには、息子からの『今から帰る』のメッセージ。時計を見ると、既に18時を回っていた。あらやだ、もうこんな時間。テレビを消す。必死に情報提供を呼びかける両親の声も消えた。晩御飯を作らなくちゃ、今日は生姜焼きなの。あぁ、キャベツの千切りしないと。面倒だわ、と立ち上がる。頭の中にはもう、先程の事件のことは欠片も残っていなかった。

どうであれ、遥か遠くで起きた無関係な一事件にほかならない。これが、あまりに普遍的な日常の風景である。

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