不死の一番槍
一番槍は危険な任務、ゆえに死亡率が高い。でも、俺の父上はすごい。将自ら先頭に立って敵陣に突っ込んでいき、数々の武功を挙げて生還し、また幾度となく一番槍を務め上げるのである。不死の一番槍というあだ名は、端的でいて的確だと思わざるを得なかった。俺もいつか父上のようなかっこいい一番槍になります、と言うと、一番槍はそこまで名誉の称号じゃないぞ、と返ってくる。謙虚でかっこいい。俺の自慢の父上だ。
そして月日は経ち、俺の初陣の日が来た。俺は父上の部隊の中の小隊長に任命されていた。俺は正直なところ、自分が成果を上げることより、父上を近くで見られることの方が楽しみだった。いつもは話でしか聞くことしか出来ない父上の勇姿を、この目で見られるのだ。父上は先頭で凛然と前を向き、ゆったりと馬を進めている。見ているだけで力づけられるようだ。やがて軍は、敵と正面から睨み合う形で止まった。敵の数は多い。ざっと見ただけでも、こちらの倍はいると思われる。ごくり、と飲み込んだ喉はからからに乾いていて、粘ついた唾液が執拗にへばりつくのを感じた。得物を持つ手に力が籠る。
開戦の銅鑼が鳴った。
父上の背が、ぎゅんと一気に小さくなる。俺も部隊に合図を出し、それを追って駆け出した。一斉に周りの景色が動き出す。その日、俺は初めて人を殺した。
それは、年若い青年だった。殆んど捨て身ともいえるくらいの特攻を仕掛けてきた勇敢な彼の、外れかかった鎧の隙間から胸元を刺し貫いたとき、強い本能的な恐怖感が沸き起こってきた。槍を引き抜いてなお、肉を、骨を、最奥の心臓を穿ち通した感触が手のひらに残って、かすかに穂先を震えさせる。
怖いのはそれだけじゃない。足元に転がる青年の屍体は、身なりから一兵卒だと思われる。彼は勇敢に特攻を仕掛けて飛び込んできたが、死んだからにはその気概を知られないままだということだ。戦後の処理でただの死人として数えられて、それで終わりである。
俺も、それでいいのか。いいわけがない。憧憬も努力も我慢も全部見過ごされて、犠牲の数と一緒に数えられるのは御免だ。
凡百に淘汰されるのは嫌だ!
前進、同時に刺し貫く。命を奪う感触が、手のひらを突き抜ける。刺さった屍体を振り払った。それに目をくれる暇もない。前へ、前へ。前進するたびに槍を繰る。もはや敵は相手方だけじゃない。自分が凡百でないと言い張るために、味方にも手柄をとらせないようにしないと。仲間なんていなかった。最初からなにも考えず、ずっとずっと前に出ていればよかった。そうすれば、こんなに怖くもなかったのに。無心で殺戮の感触に耐えて前進し続けると、いつしか視界は開いていた。敵陣を突っ切った、と、理解するまでそう長くはなかった。敵総大将と目が合う。まさか、この数の兵を突っ切るだなんて。そう言わんばかりに目を見開いた間抜け面に、槍を突き立てた。途端に悲鳴が上がり、敵陣は統御を失って総崩れとなる。これだけじゃ駄目だ、もっと手柄を、名を刻め。逃げ惑うだけの兵士を、片っ端から突き殺した。いつしか、殺戮の感触を嫌だとすら思わなくなっていた。
一騎、俺の方に近づいてくるのが見えた。父上だ。大手柄だな、と言った。大手柄と言ったが、そうは思えなかった。淘汰されるのが、忘れられるのが、認められないのが怖くて怖くて仕方がなかったから、前に行くしかなかっただけだ。父上が、俺も一緒だ、と言った。父上は、自嘲気味に笑っていた。
今なら父上の言葉がわかる気がする。あれは謙遜なんかじゃなかったんだ。不死の一番槍なんて、とんだ不名誉な称号だ。
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