第11話 「消えた兄弟」
そんなある日、赭坂の村で再び人が消えたという噂が広まった。その被害者は山田家の次男。
近所で評判の良い優しいお兄ちゃんであった。
村人たちは驚きと不安を募らせながら、次男の行方を案じた。
「やだねぇ、警察官の人もこないだ消えたって言うし」
「そういや早坂さんとこも帰ってこないってよ」
「え、やだねぇ家出かい?」
「いやいや、財布も置いてったって話よ」
「きみがわるいね」
「これじゃあ昔の…」
「あんなにいい子がなんでだろうねぇ」
何が起きているのか、なぜ連続して人が消えるのかという疑問が村中に漂った。
男も山田の次男が消えたという噂を耳にし、不安と共に疑問が彼の心を捉えた。
「消えたって、どこか街へ降りたかもしれない。それとも警察官の時のように…」
不思議だったのは、警察官のことを覚えている人がちらほらいたことだった。
いなくなったと聞き回った日は、『そんな人いない』と村の人たちは言った。
それがどうだ、山田の次男が消えると聞こえてくる噂の中で、警察官の話が聞こえてくるではないか。
男は神隠しが村の秘密に関連しているのではないかと疑い始めた。
「もしくは、次男が何か重要な情報を持っていた…」
騒がしくなっている山田家の前では、慌ただしく人が出入りしている。
男は医師として当然のように捜査へ招かれ、にこやかに山田家の人々に穏やかな口調で「大丈夫ですよ、きっと見つかります」と声をかけた。
腹の中では、真相真意を解き明かしたい心情でいっぱいであった。人は誰しも闇を持ち、顔と心が分離している。事実男も優しく振る舞うが、興味で心一杯で、山田家に潜り込めたことを嬉しく思っていた。
山田家では泣く泣く母親を宥めるように男は背中をさすった。次男の年齢を考えれば、母親の年齢は六十近いはずだ。男にすり寄る母親は若く20代も後半に見える。男は周りの視線が痛かった。
家族と共に次男の消息について話し合ったが、家族の顔には不安と心配が浮かぶだけであった。
調べ切った後だとは聞いたが、「まあまあ」と男は次男の部屋を調べ始めた。
部屋の中を探索する中で、男性は丁寧に閉じられた白い封筒を見つけた。心は痛んだが封を切り一枚の便箋を取り出す。
「ぇ」
思わず男の声が上ずるほど、手紙の内容は驚きと興味を引くものであり、次男が赭坂の謎に関わっていたことを示唆していた。
***
男はその夜酒屋のカウンターで一人酒を飲んでいた。
串に刺さった鶏肉からは油が滴り炭火のいい香りがする。
グラスに入った透明な液体を喉へ流し込むと、舌の上で米の甘味と発酵したアルコールの辛みが程よく絡んで目頭を熱くさせる。
ふと、後ろの4、5名の席から「昼のやつさ…」という声が聞こえてくる。
男はここで、次男についての悪い噂をきく。
次男については消息不明になる前からいい噂しか聞いたことがなかった。
男もここへ越す時には、山田の次男が軽トラックなどを出してくれ、家具を運んでくれた。
気前のいいお兄ちゃんという感じで、笑顔もほがらかに、子どもにも好かれている印象であった。ガタイは良く、近所の人たちのもよく声をかけ、かけられ何かしら手伝っているという印象であった。
「酒に酔っては夜な夜な乱暴を振るっていたと」
「あの昔あった話もよぉ、近所の酒屋に親父と菓子屋の老婆が噂してるぜ」
「でも、まだ学生だろう」
「学生つったってアイツ30超えてんだぞ?」
「学生は辞めたんじゃなかったか?」
「あ?そうだっけ?」
「山田んとこのかーさんもよぉ」
小声ではあるが微かに聞こえてくるよくない噂。
何故か、男は診療所によく来ていたあの少女の言葉を思い出す。
『優しく見える人でも、心を許しちゃダメ。だって、もしかしたら悪人かもしれない』
男は、少女と自分の体の同じ位置にあざがあるのを見つける。『君の腕のあざと、私の腕のあざは同じ形をしているね。珍しい』
『そうね、偶然ってあるのね。先生』
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