舞の相手

 紀貫之きのつらゆきは、今日も図書頭ずしょのかみ出仕しゅっし(出勤)していないので、図書助ずしょのすけの許しを得て、紀善道きのよしみちと、雅楽寮ががくりょうへ歩いて行く。

 大内裏だいだいり(宮中)の北西にある図書寮ずしょりょうから南東の端にある雅楽寮までは、果てしなく遠い。


章成あきなりの相手っていうのが、太政大臣おおきおとど藤原基経ふじわらのもとつね)の異母妹いもうと叔子としこ様に、童殿上わらわでんじょうしてた時から気に入られてるってだけで、まいができる子じゃないんだよね~。できないのを見てて、まいって、袖を振るのと、足を踏むのと、舞台の上を動くのを、同時にやってるんだって、初めて気付いたよ。舞の順序ついでも、通しで覚えられないんだよ。そんな相手と舞ってたら、章成も疲れ果てて、熱、出すよ」

 白い息を吐きながら話す善道に、貫之は白い溜息をつく。

「そういうことを先に聞かせないでください」

こころもうけ(心の準備)しといた方が、いいって。知らないで見た時と、知ってて見るのは、全然ちがうから」

「それほどですか…」

「それほどだよ」



 藤原叔子に気に入られた理由を、善道は知っているのに、貫之に話さない。


 童殿上わらわでんじょうしている時に、殿上でんじょう御倚子ごいし(帝が座る椅子)に、たわぶれて(ふざけて)、座っていたところを、蔵人頭くろうどのとう在原業平ありわらのなりひらに見付かった。抱え上げられて、もがくわらわに、業平もたわぶれて、相撲すもうのようになり、二人で御倚子に倒れ込み、高欄こうらん(ひじ掛け)を壊したのだ。


「どちらも帝となれる身なのに、どうしても御倚子ごいしに座ることはできないようね」

 奈良帝ならのみかど平城へいじょう天皇)の孫と、深草帝ふかくさのみかど仁明にんめい天皇)の孫の相撲を、叔子は笑った。



 在原業平の名を聞けば、貫之が父を殺されたことを思い出してしまうからだ。



「ひとつひとつを見れば、できているのに、全てがりなんだよね…」

「そういう人は、いらっしゃいますよね…」

「あと一月半ひとつきはんで、それをどうにかしなきゃいけないんだよ~」

「章成も、早く治るといいですね」

「貫之が、相手を完璧に舞えるようにしてくれるまでは、休ませてあげようよ」

「そんなにひどい相手なんですか」

「ひどいね。ひどいよ」

 貫之と善道は白い息を吐き、話しながら、歩いて行く。


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