第3話 ラグンシュカ・ホテル part1



「なんだ、ここ……」

「驚きましたか? ようこそ、『ラグンシュカ・ホテル』へ」


 隣に得意げにするアキさんがいることも忘れ、俺の目は轟轟と音を立てる大滝を見ていた。


 10メートルはあるんじゃないかというほどのエキゾチックな南国の岩肌から、盛大に水しぶきを上げる滝が流れ落ちている。

 そして、その周りにはリゾートホテルのエントランスにしか見えない内装と高い吹き抜けがあるのだ。


 意味が分からん。


 ロビーがある。ラウンジがある。エレベーターもある。滝を囲むように、二階へと通じる左右対称に作られた大きなガラス張りの階段がある。


「滝の裏にはレストランがあって、雰囲気がいいんですよ」

 そうだろうな。上の方から陽の光が入ってきているのは、吹き抜けの壁面もところどころガラス張りになっているからだろう。


 壁面や床は白色の大理石でできており、そこに赤いカーペットが寝そべり、紅白の華やかな色彩が目に映っている。


「あの世に高級ホテルがあるとか聞いてないぞ。二階にも何かあるのか? ほかは客室? て言うかここが異世界か?」

 興味本位でそう聞くと、アキさんは笑って歩き出し、こう言った。


「周平くんの今日の予定は、この『ラグンシュカ・ホテル』の部屋の見学です」


 そう言って笑ったアキさんはエレベーターホールで足を止めた。

 関係ないが、アキさんは笑うとけっこう可愛い。

 笑い慣れている感じだ。


 何機もあるうちの一台の前で彼女は小さなカードをスロットに挿して、上の階へのボタンを押した。


「それなんだ?」

「これはラグンシュカ・ホテルのカードキーです。周平くんの分も預かっています」

 アキさんは「どうぞ」と言ってカードキーを差し出した。

 銀鎖のチェーンがついていて、カード自体も金属製の銀色を放っている。


「くれるのか?」

「貸与です。ここの職員はみな、そのカードを持っています。それは首から下げてください。失くしたら大変ですから、貴重品なんですよ?」


 扉が開き、アキさんが乗り込んで振り返った。


「じゃあ、基本的には何をしてくれてもいいので、好きに見て回ってください。お昼ごろに、さっきの一階のレストランで待ち合わせしましょうか。わたしは仕事があるんで、いったん失礼しますね」

 そう言ってアキさんはエレベーターに格納されそのままどっかに行った。


 説明らしい説明なんもないな。

 まあいいや。

 とりあえず、俺はロビーに戻り、さっきのガラスの階段でまず2Fへ。


 高級ホテルの共用部分を思い出すのが一番適切というか、実際俺も泊ったことは数えるほどしかないが、イメージ的にはそんな感じだ。


 1Fにあるらしいレストランとは別に、第二、第三のレストラン。一軒は和食の店だった。加えて、巨大な結婚式場や会議室。

 その他屋内プールやバーラウンジ、スポーツジム、独立したカフェなど、間違いなく一流の豪華さがあったが、ある意味で特筆に値するものは何もないと言っていい場所だった。


 しばらく2Fをふらふらしていたが、3Fへの階段が見当たらなかったので、エレベーターを使ってみた。


 エレベーターに乗ると、壁一面ボタンだらけだった。

 そもそも電気とか、どうやって入手してるのか疑問だったが考えて分かるはずもない。

 なんならあの大量の滝の水がどこから来てるのかさえ俺は知らないのだ。


 3Fでエレベーターを降りると、何のことはない、ただの客室フロアだった。

 無作為に選んだ客室のカードスロットにさっきもらったカードキーを挿す。


 ロックが外れた。

 さあ、どんな部屋を見せたがっていたのやらと思って扉を開けて、俺は思わず固まった。


 扉を抜けるとそこは、暗闇でした。


 埃っぽいカビっぽい匂いがする。そして寒い。視界も暗く見通しが悪い。というかほぼなんも見えん。


 なんだここは?


 分からんがしばらく進んでみる。

 床は木の板だ。

 そして手を伸ばせば壁がある。

 壁に沿ってしばらく手探りで進んでいたが、これ以上進んでいいのか迷いだしたときに、足を強烈に打って痛みで声が出た。


 暗闇の不意打ちは覚悟してない分余計痛いな。


 かがんで手でなぞってみると、それはどうやら階段なのだと分かった。


 客室、というにはすでにあり得ない状況だが、おまけに階段があるとか謎すぎて、いろんな意味で頭沸いてんのかと思ったが気にせず登っていく。


 すぐに明かりが見えてきた。

 出口らしい。

 階段を登り切って、辺りを見渡すとそこは寺だった。


 うん。そうだな。異世界では客室が寺につながってるくらい常識だ。

 ああ、うん、ウソだ。どうなってる、これ?


 そこで、はたと気付く。

 異世界では客室が寺につながって……

 異世界。


「なるほど」

 あの客室の扉は、現実世界のどこかにつながっている、ってことか。


 昔聞いたことがある。

 寺には、なんて呼び名か忘れたが、本堂の地下に真っ暗な通路を作っているところがあるらしい。

 無意味な隠し通路なんかの類ではなく、確か暗闇を歩くことで心身を清めるとか、ちゃんと宗教上の理由があるものらしい。


 どこかの寺のその通路と、あの部屋の扉がつながっている。

 つまり、ほかの客室もそれぞれがどこかにつながっている可能性が高い。


 我ながらバカらしい発想だが、海外につながっている部屋を見つけたら、俺はパスポートも航空券もなしに海外旅行ができるのだ。しかも無料で、一瞬で。


 時刻は深夜らしく、本堂の外に出るのはちょっとまずかろうと思い、今来た道を戻る。


 少なくともここは日本の寺のようで、その必要性があるのかどうかも分からないが、最悪国内なら家まで帰りつくことができる。


 そんなことを考えていると、暗闇にふいに明かりが灯った。


 胸に提げたカードキーだ。ほのかな薄緑色に淡く輝いている。


 指で触れた瞬間、目の前で扉が開いた。


 おお。客室フロア。帰ってきた。

 こうやって戻ってくるのか。

 暗闇に慣れた目がやけに眩しく赤じゅうたんとクリーム色の壁をとらえる。


 振り返ると今出てきた扉が閉まっていた。

 この部屋は何号室なんだ?

 確実に日本に通じる貴重な場所だ。

 ええっと、307。覚えておこうと凝視していると、数字の下にちいさな文字でこう書いてあった。


「たにぐみさん」


 いや、誰だそれ!!

 もしかして、ナトの小ボケか?


 しかも平仮名かよ、と思いよくよく見ると、不思議なことに一つ一つは見たことのない文字のような、暗号のような曲線と直線が並んで見える。


 しかし同時に、文字として視認しようとするとやはりあのふざけた「たにぐみさん」と読めるのだ。


 もしかして、これがギフトってやつか?

 調停者にナトが授けるというギフト。


 よくよく考えると、ナトの力ってめちゃめちゃすごいな。


 名前、カイにしなくて良かったと今さらながら思った。

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