第2話 ナトとシュウ
「アキ。ご苦労だった、下がっておれ」
「はい。では失礼いたします」
アキさんが謁見の間から出ていく。
俺と女神はその姿を見送っていたが、彼女の姿が控室に消えると、女神はふぅーっと息を吐いた。
「さて。真面目な話は終わりだ。はぁ、疲れたな。威厳を保つのも楽ではないな。それじゃ、人間。唐突だが、我に名前を、つ、付けてくれ……」
落ち着こう、と思った。
そう。俺は今落ち着いていない。
急に異世界に行けと言われた。
しかもそこで、勇者の手助けをしろと。
挙句の果てには、もし勇者が魔女を倒すことを諦めれば、調停者として勇者を殺せ、とか物騒極まりないことまで言われた。
そんな女神が、だ。名前を付けてくれと言ったその顔は、赤く染まっているように俺には見えた。
「疑問なんだが、なんで名前つけるんだ?」
「名前がないからだ」
「はあ?」
「いや。神としての名はあるのだぞ、もちろん。だが、」
「だが?」
「可愛くないのだ。今時っぽい、ぽい名前を付けてほしいのだ」
マジですか、と思って、もう一度女神の顔を見る。
うん。赤いな。
肌が白いから赤いと非常に分かりやすい。
「べ、別に酔狂ではないぞ!! 契約には、互いの名前が必要なのだ」
あっそうと思いながら考える。
「じゃあ……」
「…………」
「カイで」
言った瞬間、立ち上がった女神に脛を蹴り上げられた。
「それはきみんちの犬の名前だろうが!! 知っているぞ、というか知らなかったら我は犬の名前で呼ばれていたのか!! きみ性格最悪だな!!」
あんたに言われたくないと思ったが、別の言葉に置き換える。
「じゃあ今までほかの人には何て呼ばれていたんだ?」
「名乗らないとな、人って案外うまく呼びかけないように会話してくれるものなんだ。先ほどのアキやきみがそうだったじゃないか」
まあそうだが。
ていうか、さっきまでと違って、マジで威厳ゼロだな。
これじゃそこらへんのガキと大して変わらん。
「なあなあ。ところで、きみの恋人はナツと言うらしいな。昔の恋人の名前で呼びたいのなら、ナツと呼んでくれても我はかまわんぞ」
それはすごい嫌だ。
ああ、でもあれだな。
女神が大変盛り上がってるとこ恐縮だが、おれはあんたに良い印象がない。
いきなり魔法なのか術なのか知らんが体の自由奪われて恫喝されたのだ、好きになれって方が無理だ。
そんな相手と唐突にラブコメやるのも胸糞悪かったので、ぱっと決めることにした。
「じゃあ、ナトで」
「ナト?」
「ああ。奈都の『ツ』は、都という文字だ。読み方を変えると、『ト』になる。だからナト」
「ナト。ナトか……」
適当すぎたかな。
「うん!! 悪くない。決まりだな!! これより我はナトだ。よろしくな人間!!」
「ああ、よろしく」
心の中では、「死ね、ロリババア」と思っていたが、スマイルの力は偉大だ。
ちなみにマックでは0円で売っている。
昔「スマイル一つ」と頼んで、あまりにもキレイに店員が笑ったので「やっぱウソです」と答えたのを唐突に思い出した。
とにかく、そうして、俺は女神をナトと呼び始めた。
※
「きみはシュウでいいか?」
「あ?」
「シュウヘイ、という名は異世界では馴染みがない。そうだな、中原周平だから、シュウ・セントラルフィールド!! どうだ?」
「いや、クソダサいんだが」
「だ、ダサいだと!! すごく考えたんだぞ!! カッコいいじゃないか、シュウ・セントラルフィールド。最高じゃないか!!」
こいつ、ガキでしかも中二病か。
まあ別に名前なんてどうでもいいし、俺はそろそろ腹減ったのでコロッケとか食いたい気分だったから軽くオッケーする。
あるいはこの時期だったらグラコロとかが食べたい。
「分かった。シュウだな。それでいいから」
「なんだよ、なんか投げやりになってないか?」
「いや、そんなことないぞ。気に入りすぎて自分で自分の名前に頬ずりしたい気分だ」
「そ、そうか!! なら良かった。ではさっそくで悪いが、転生の儀を始める」
「ほんとに急だな」
「我もな、こう見えて結構忙しいんだ」
説明しよう、と言われて俺はナトの話を聞く。
まず、俺の体は今幽霊のそれだ。
それを、転生の儀とやらで、『アストラル・バディ』というものにするらしい。
簡単に言うと、異世界で実体化できる体にするって意味らしい。
同時に、異世界で生き抜いていけるように、加えて、『調停者』としての責務を果たすために必要なギフトを授ける意味もあるようだ。
ちなみに余談だが、調停者として「生き返る」俺とは違って、勇者たちはマジもんの転生になるらしい。
つまり、記憶や経験を保持したまま、異世界で新たに赤子として生を受ける。
なんで調停者と勇者の生き返り方が違うのか知らんが、なんかそういうものなんだそうだ。
ほんとに余談だったな。
では、始めるぞ、とナトは言い、急に顔つきを変えて俺を見据え、詠唱しだした。
「ナトとシュウ・セントラルフィールドはここに血約を結ぶ!! ナトよりシュウへ、この力を譲渡する」
女神ナトは舞うように後ろを振り返り、顔の前で一度腕を躍らせ、宙に手のひらをかざした。
「聞け、ラグンシュカよっ!! 此方より彼方へと繋ぐ道。シュウ・セントラルフィールドに今一度の生を与えよ」
歌うようにナトがそう告げると、真っ白な部屋の中に、オレンジがかった光が満ちた。
オレンジは光り輝き、部屋の白と混じって、なお暖かく燃える。
奈都。
その呟きが思いもかけず唇から漏れたとき、強烈な眠気と浮遊感に包まれて俺は意識を失った。
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