第1話 調停者
自分の四十九日が終わってすぐ、俺はアキさんに拉致されて、女神さまとやらとの謁見に備えてどっかの建物に監禁され、今現在、控室らしきところにいる。
幽霊になってから一か月半もふわふわと街をさまよったり、知り合いを見に行ったりして過ごしていたが、家族も奈都も多少は落ち着いたようで、いつまでもめそめそブヒブヒされてても俺も困るので、まあこれで良かったと思う。
そんな訳で、俺は今から女神に会って、異世界転生するらしい。
ちなみに言っておくが、ギャグじゃないからな。
「なあ、ここどこなんだ? そもそも何で俺が異世界とやらに転生せにゃならんのだ? ぶっちゃけ幽霊生活けっこう楽しいし、覗きし放題だし、女湯も入れるし、出来ることならまだまだ遊んでいたいんだが」
「困った人ですね。詳しくは、これから女神さまよりお聞きくださいね」
女神か、美人かな?
「くれぐれも失礼のないように。大丈夫。普通にしていれば、とてもお優しい方だから」
※
一面真っ白な円形の部屋の中、中央に置かれた台座の上に、少女が座っている。
なんだ、女神って言っても子供みたいだな。
しかも金髪ツインテールのゴスロリって感じじゃなくて、ホントに普通に日本にいそうな黒髪おかっぱの少女だ。
さすがに顔だけはあり得ないくらいの童顔美形っぷりだったが、着ている服も冬のこの時期に街中で見かけそうな、白のダッフルの下に上品な襟付きシャツと、紺のスカートにニーハイソックス。
きわめて普通だと言える。
俺がじろじろ見ていると、アキさんは腰を折り、両膝をつくようにして座った。
「高天原におわし天之御中主神が末の末の愚弟、中原哲哉と中原かな美の子、中原周平にござりまする。これも、わたくしと同じく大和、日の本の民にござりまする」
なんか急にアキさんが畏まって話し出した。
頑張りすぎちゃって敬語間違えてますよ、と教えてあげようかと思っていると、アキさんが何事か口パクしてくる。
「ん? なに、レゲエ?」
首を振るアキさん。
「パレオ?」
また首を振るアキさん。
「トンガ?」
「すわれ、って言ってんだよ、分かるだろ普通!!」
おお、キレたぞこいつ。
アキさんが超怖い顔をしている。
「よい。人間、そのまま聞け。我は……」
「聞こうか」
「途中で返事すんな!!」
アキさんは勇気があるな、俺だったら女神の前でここまで強気なツッコミはできない。
「こほん。人間、これからきみには異世界に行ってもらう。そこで、あることをやって欲しい」
「あることってなんだ?」
「ちょっと、周平くん。口の利き方」
「我には分かる。きみには願いがあるな? その願い、我なら叶えることができる。申せ、きみの胸に秘めた願いを」
「一生だらだらと酒飲んで競馬して金と女に困らない生活が欲しい」
「ふ、偽りを申すな。きみが死にゆくその瞬間、愛おしくも悲しい願いが、我の元に届いた。その願い、叶えてやりたいと我は思った。再び問おう。きみの願いはなんだ?」
「え、じゃあ逆になんだと思いますぅ?」
「いや、技のないキャバ嬢か!!」
一面真っ白な円形の部屋の中、アキさんのツッコミだけが木霊していた。
女神が口を噤んだ。
沈黙が続く。
アキさんはノリノリでツッコんでいた自分を思い出したらしく恐縮している。
少女の姿をした女神は、目を閉じて軽く息を吐いた。
「人間、きみ、我をバカにしているのか?」
低い声でそう言って笑った女神の笑みは、急に感情を失ったようで、歪んだ唇と左右で微妙にすぼめ方の違う両目には底の知れない凄みがあった。
「も、申し訳ございません。周平、この者はまだ死んで日も浅く……」
「黙れ」
少女の姿で短く発せられた声は、冷徹な響きを帯びていた。
緊張が走る。
「いや、なんだてめぇアキさんに向かってその態度。黙れって言ったやつが黙れ。ぺしゃんこにするぞガキ」
俺がそう言った瞬間、女神は、少女の皮を被った何者かであるのを隠すことをやめた。
「痴れ者」
女神が手のひらをかざすと、何かが、神経を駆け巡った!!
体が、体が動かせないんですけどお!!
意識が、どっかに落っこちていくような、深い落下感に包まれる。
頭がぐらぐらする。
なんか、なんかヤバいぞこれ。吐きそうだ。
「気分はどうだ人間。百歩譲って無礼は許そう。だが不遜は許さん」
分かったな。そう言って女神が指を鳴らすと、体の戒めが解けた。
一気に気分が楽になっていく。
ああ、マジかよもう。
どこがお優しい方やねんアキさんの嘘つきと心で毒づく。
「では、話を戻そうか。我が先ほど申しかけた……」
「聞こうか」
「お願い、もう、もうやめて……」
アキさんががっくりとうなだれている。
「ははっ。本当に大したバカだな、きみは。まあよい。きみはまた、恋人に会いたいのだろう。手を握り唇を重ね、愛しているのだと、目を見て語りかけたいのだろう?」
「あと定期的に挿入もしたい」
「そうだとしても今言うな!!」
俺は思い出す。
『ウソだ。奈都、どこにも行くな。死ぬほど愛してる…………』
俺の、死ぬ前の最期の言葉が蘇る。
今思えば、あれは言ってはいけない言葉だったのだろう。
死んでいく俺の言葉が、奈都を縛ってしまうから。
でも、どうしても伝えたかった言葉。
死ぬほど愛していると、死ぬまで言い続けたかった、俺の本当の願い。
「叶うのか? 叶えてくれるのか、あんたが」
「こう見えて、我も神のはしくれだ。すべての人間の願いを叶えることはできぬ。だが、目に触れたもの、零れ落ちていく数多の祈りのうちで、手が届く範囲の想いくらいは、叶えてやれる力がある」
「それなら、俺は、もう一度奈都に会いたい。会って抱きしめたい。あと定期的に挿入もしたい」
「あんた、この事態に何で二度言ったんだ!!」
俺はアキさんをムシして話しかける。
「なんかやれって言うんなら、やるよ。たぶんだが、何でもする。あいつに、奈都に会いたい。あいつの瞳に、映ってたい!! 幽霊のまま一方的に傍に居るんじゃダメなんだ!! 俺は何をすればいい?」
女神は俺を見つめ、静かに語りだした。
「聞きなさい、人間。今、異世界には勇者の素質を持った卵が何人かいる。きみは、彼らが魔女と呼ばれる存在を倒せるように手助けし、導きなさい」
「いや、いきなり勇者とか魔女とか言われてもサブイボしか立たんのだが、手助けとかせんでも、俺がガイーンと魔女とやらをぶっ飛ばしてはいかんのか?」
「可能性の上でなら、きみが魔女を倒すことは可能だろう。だが、それはおそらく無理だ」
「なんでや?」
「勇者たちにはそれぞれ、魔女を倒すのに必要な適性がある。それは、各々に神々が授けた『ギフト』だ」
「ギフト、ねえ。例えば炎の魔法が得意、とかそういうやつか」
「ふふっ。まあ有体に言えばそのようなものだ」
「俺にはなんかくれないのか? どえらいのが欲しいんだが」
「残念ながら、きみは勇者ではない。よって、勇者たちに授けるようなギフトは与えられない。我らは、きみのような役割の者たちを『調停者』と呼んでいる。だから調停者としてのギフトならば、授けることはできる」
「調停者か。手助けってのもアバウト過ぎてよく分からんが、なんで調停なんだ?」
「大丈夫、説明してあげよう」
そう言って、女神は俺の目をまっすぐに見つめた。
「きみの表向きの役割は先ほども言った通り、勇者の手助け、サポートだ。共に戦う冒険者として同行するも良し。深く関わらず、さりげないアドバイスだけするのもまた良いだろう。とにかく。それで、上手く魔女を倒せるならば良し。しかし、だ。もし、その勇者が旅を諦めた場合は…………」
女神は一度言葉を切り、そして言った。
「きみが勇者を殺しなさい」
「は? こ、ころす……?」
俺は絶句する。
「そうだ。それが、中原周平。きみの、調停者としての真の役割だ」
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