「俺か? 勇者の荷車を曳く者だ」

鈴江さち

第一章 挽肉編

プロローグ



 おお、俺が血まみれだ。


 見たとこ息してないし、死んだな、これ。


 野次馬の皆さんが遅まきながらピヨピヨと騒ぎ出し、辺りはちょっとしたお祭り騒ぎだ。


 俺は祭りと聞いて神輿でも担いでくる硬派なやつが居ないかちょっと期待したが、皆さん常識人らしくスマホで俺を撮ったりツイートしたり、腰が抜けたりお忙しそうだ。


 俺は、俺を挽肉にした車の傍でへたり込んでいる奈都なつを見つめる。


 顔色悪いし、震えてるし、お気に入りの冬物コートは汚れちまってるし。

 でもまあ、状況はともかく、生きてるし、顔に怪我もないな。


 じゃあいいか。

 俺が死んだ意味くらいはあったらしい。


 俺はそんなことより今の自分の状況に抜群に興味があった。


 俺はミンチの上空5メートルくらいに浮いている。


 手もあるし足もある。

 幽霊ってこんなもんか。


 俺は試しにマンションの壁に手を当ててみる。

 手は当たり前のようにすり抜けて、面白そうだったので顔も突っ込んだら、中も見える。


 おお、これはいろいろ悪用できるな。


 そんで、しばらく試行錯誤してて気付いた。


 歩こうとしなくても、「前に行こう」と思うと前進する。

「下がろう」と思えが下降できる。


 マジか。


 じゃあこのまま「上へ、上へ」って思い続けたら憧れの宇宙空間に突入できるのかとめちゃめちゃテンション上がったが、とりあえず大人しく自分の本体のとこまで戻ってみる。


 見るとピーポーとパーポーが来ていて、俺を轢いたおばさんはピーポーへ連行され、俺と軽傷の奈都はパーポーへと運ばれていくところだった。


 俺はピーポーに乗ろうかパーポーに乗ろうか迷ったが、最近「救命救急24時」を見たばかりだったのでパーポーに乗り込む。



   ※



 なんだ、救急車の中って案外狭いな。

 人がまるでスシ詰めのようになっている。

 中央には俺が寝ている。


「どっこらしょ」

 俺は走り出した車の中に座って足を組み、タバコに火を点けて見てみると、心電図がまだ動いていた。


 俺がここにいるのに心臓はまだ動いてるとかホラーだな。


 そんなことを考えていると、俺の本体をとり囲んでいたギャラリーの一人が、俺を見て突然大声を出した。


「どこに行ってたんですか!! 早く戻りなさい!!」


 そう言って、俺の頭を押さえつけて、汚い本体にぐりぐり押し付けてくる。


「おい、ちょっと待て。なんでお前俺に触れるんだ!! 最近の子は発育が良いとは言うが、幽霊に触れるとかお前ちょっと発育しすぎだろうがっ!!」


「よく見なさい、わたしたちも幽霊よ!! ほら、目を凝らしてよーく見なさい。あなたのご先祖さまも、そこにいらっしゃいますよ」


 ああ、なんなんだよもう。今ようやく一服できるとこだったのに。


 よく見ろと言われたので、気合を入れて凝で見ると、知らないおじいさんが、救急隊員と透け重なりながら俺の胸に手のひらをかざしていて、同じように、俺の手を握る奈都と一緒におばあさんが俺の手を握りしめていた。


「なるほど。どおりで人口密度が高いと思ったわ」


「言っとる場合かっ!!」


 幽霊のおねえさんにツッコまれながら、ここでゴネると聞き訳がない子みたいでイヤだったので仕方なく自分に自分の頭を突っ込む。


「ちょ、ちょ、ねえねえねえ、なんか人間の体内って思ってたよりグロかったんですけど!!」


「目瞑って入りなさい!! 急いで!!」


 言われた通りやってみる。


 入った瞬間、なんかがぐるんと回ったようで、気分が悪くなった。



   ※



「呼吸が!! 呼吸が戻りました!!」

「バイタル回復!! 輸血続けろ!!」


「初号機、再起動。シンクロ率100パーセント」

 俺は場を和ませようと軽くボケてみたが、喉がかすれたようで声が出ない。


 なんか管も通されてるし、イラマチオされたらこんな感じなのかと思って俺はちょっと反省した。

 あと寒い。エアコンの温度を上げてくれと要求したい。


 うっすら目を開けると、俺の手を握り締めていた奈都が、食い入るように俺の顔を見つめていた。


「な……、な……つ……」


「なに、なあに周平? ここにいるよ」


「はあ、は、ぁ……。ゆ、夕飯は、あんかけチャーハンがいい……」


「うん、うん」


「あと、今日の金曜ロードショー録画しといて。もののけ姫好きなんだ」


「いいよ、何でもする。だから死なないで……」


「なんでも!? え、マジで!! じゃあもっとパチンコとか競馬とか行きたいからお小遣いは5千円から3万円にアップしてくれ。そんで大学の講義も代返しといて。んでゴミ出しも早起きすんのダルいからお前がやれ。あと毎食牛肉コロッケを出せ。寝る前にマッサージしろ。スマホゲームのデイリークエストも代わりにやっとけ。ほんでほんで…………」


 救急隊員たちが沈痛な面持ちで俺と奈都を見ている。

 命の現場だ。今消え行こうとしている儚い命を、悲しみのような表情で見つめている。


「周平」


「なんだ」


「いつもやってるよ?」

 奈都が、悲しそうに目を細めて笑った。


「ああ、そうだな。いつもやってくれてたな」

 俺は体の痛みも一瞬忘れ、思わず苦笑する。


「おバカ。ホントのこと、いって」


「うん。カイの、カイの面倒を頼む……。毎朝のお散歩と、あと、たまにはおやつに犬用のジャーキーをあげてやってくれ」


「うん」


「んでお前は、俺が死んだら、さっさと俺のこと忘れろ。俺よりもはるかに劣る男を見つけて、いっぱいセックスして、できれば将来は結婚とかして、ガキ産んで、ババアになって、そんで、俺みたいな男と付き合ってたってことも忘れた頃に死ね」


「うん。そんなのイヤだ、絶対」


 いつもの、奈都の穏やかな声が心地よかった。


 ああ、ヤバい。ダリいな。

 ホントはこんなことが言いたいんじゃない……


「バイタル、また下がっていきます!!」

「カノジョさん、少し下がってください!! おい、輸血パックを……」


「しゅうへい!!」

 奈都が叫ぶ。


 俺は今にも消えてしまいそうな意識で力を振り絞り、握られた手に力を込める。


「ウソだ。奈都、どこにも行くな」


「周平……」


「死ぬほど愛してる…………」


 ピィーーーー。


「しゅうへえぇーーーーっ!!」


 奈都の金切り声が聞こえた。

 へぇ、死ぬ瞬間って、声とか聞こえるのな。


 まあ、この世で最後に見たものが、お前の顔で良かった……。

 できればそんな涙堪えた必死な表情じゃなくて、笑った顔が良かったけどな。



   ※



「おお、あんたらか。お別れは一瞬だったな」


 体が抜け落ちていくような、体から抜け落ちていくような感覚がして目を開けると、さっきの幽霊たちが俺を見つめていた。

 不思議なことに気分の悪さはもうない。


「しばらく、自分と奈都さんの傍に居てください。また後で来ますね」

「俺は今度こそ死んだのか? 二度あることは三度あるって言うが、100万回死んだりしないよな、どっかの猫みたいに」

「もう、戻らないわ……。じゃあ。後でね」


 そう言って、ツッコミ属性のアラサーのおねえさんはふっと居なくなった。ご先祖さまらしきおじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行った。


 三人とも、ちょっと泣いてたな、とうっすら思う。


 俺は座って奈都を見る。

 奈都が、静かに涙をこぼしていた。

 こいつの泣き顔なんて、久しぶりに見たなと思う。


 泣くな、バカ、と俺は呟く。


 救急車は病院についたが、ぶっちゃけその体はもう無理だ。

 治療してもらってるのに悪いが、俺はそんなことより奈都の傍に居たい。


 でも。


 手を、握ってやりたいのに、出来ねえんだよっ!!


 触れられない。声をかけられない。笑って見つめ返すこともできない。


 これが、幽霊。


 これが、死、か。



   ※



 骨がある。


 俺の骨だ。


 俺と奈都で住んでいたアパートの隅っこに小さな棚が設けられていて、俺の写真と缶コーヒーや花、分骨した骨を納めた桐の箱がその上にちょこんと乗っている。

 俺は、飼い犬のカイが普段一人の時どうやって過ごしてんのか見ながらボケーっとしていた。


 葬式から火葬場へ。

 昨日、俺の二十年連れ添った肉が焼けて、骨になった。


 火葬場の作業員さんに「ウェルダンで中までよく焼いてください」って耳元で言ったら、アキさんがすげえ睨んできたが周りにはウケてたので良しとする。


 アキさんっていうのはツッコミ属性のアラサーのおねえさんの名前だ。


 聞けばめっちゃ前に死んだ、うちの遠戚らしい。


 優しそうな目にしゅっとした面持ちで、武士の奥方みたいでちょっと美人だなと内心思っていたが、身内だと聞いてさすがに自制している。


 それにしても。


 神さまっているのな。


 俺の葬式でいっぱい見た。


 ほんとに偉い方たちはじろじろ見ちゃダメだ、とみんなに言われていたので、俺は顔を隠して和楽器を演奏するバンドマンたちや、不思議なリズムで踊る般若面を被ったダンサーたちを見ながら、仲良くなった幽霊たちと酒を飲んでワイワイやっていた。


 でもさ、考えてみれば、当たり前だよな。


 むかしむかしから、それこそ人が猿か人類か見分けつかないくらい昔から、霊魂や神さまは居るとされてきて、それがここ百年、急に科学が発展したからやっぱ居ませんって、それはさすがに無理があるだろと、死んだ今になって思う。


 幽霊じゃない、一番下っ端っぽい小僧の神さまにそう言ったら、「人間アホっす」と言っていたので、やつらはやつらで理解されてないことにストレス溜まってたんだなと少し同情した。


 まあ、それはともかく。


 俺は自分の四十九日が終わったら、異世界に転生するらしい。

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