第26話     一肌脱いじゃう 2

「あのね、最近、お父様のお仕事が忙しくて遊んでもらえないの。」

 アノは庭の隅っこにしゃがんで、トカゲに話しかけていた。

 トカゲはうんうんと、首を上下に振る。

「お父様の身体も心配なの。お母様も寂しそう。」

 そう話をしていると、馬車の音が聞こえた。

「あ!お母さまが帰ってきた!トカゲさん、またね!」

 アノはお茶会に参加していたエヴェリーナの早い帰宅を知り、走って出迎えに行った。


「お母様?」

 少し目元が赤く、いつもと様子が違う母の姿にアノは戸惑った。

「ただいま。」

 エヴェリーナはアノをぎゅうっと抱きしめる。

「お母様、お身体の調子悪いのですか?」

「大丈夫よ、少し疲れただけだから。」

 アノの頭を撫でると、少し部屋で休むと自室へ下がってしまった。

 アノは後を追いかけてエヴェリーナの部屋に入ると、青い顔をしたエヴェリーナが微笑んで

「一緒にお昼寝する?」

「うん!」

 アノは、お父様の代わりに僕が守らなきゃ!とベッドにもぐりこむと大好きなエヴェリーナに抱き着いた。

 そしてアノの髪を撫でていたが、すやすや眠り込んだのを見てエヴェリーナも目を閉じた。


 二つのまん丸い目が窓の外からそれを見ていた。


 その翌日、エヴェリーナはヨハンナを訪ねた。

「お姉さま、きっと何かの間違いです。ステファン様が他の女性と親しくなさるなんてありえません。」

「最近、忙しいと家に戻ってこないのも確かなの。あれだけ言うのだから本当にあの令嬢とステファン様の間には何かあるのかと思ってしまって・・・」

 お茶会での出来事を、竜のお使い様同盟で義妹にもなったヨハンナに話した。

「ロイドも戻ってきませんし、王太子殿下のお仕事です。まったく心配ありませんよ。」

 ステファンもロイドも仕事で王宮に毎夜留め置かれていた。それだけの事態が起こったのだが箝口令が敷かれている。女性騎士であるヨハンナは知っていたが話すことは出来なかった。


 ステファンにまとわりつく令嬢の事もロイドから聞いている。

 呆れる振る舞いだが、今は大切に扱う必要のある立場。無碍には出来ないがステファンがその令嬢の事を疎ましく思っていることも知っている。

 だからエヴェリーナは何も心配をすることはないのだが、その令嬢の行動に嫌悪を感じる。明日さっそくステファンに伝え、自分もその令嬢に警告しようと思った。


「そうだと良いのだけど・・・。ではその令嬢はなぜそんなことをわざわざ。」

「きっと、仕事でお世話になった程度の事を、大げさに言っているだけだと思います。ステファン様はお姉様一筋なのは見ていてわかりますから心配無用です。王宮で顔を合わせてもお姉様の話ばかりですよ。」

「ヨハンナさんにつまらないお話をしてしまってごめんなさい。もしステファン様に会っても内緒にしてくださいね、心配を掛けたくないのです。」


 ステファンは王太子の側付きという重要な役目を担っている。これほど家に戻れないということは大変な事態が起こっていると想像できる。そんな彼に余計な心配をかけて煩わせたくなかった。

「ですが・・・わかりました。でも何かあれば無理をしないで私に連絡を下さいね。今度、出仕した際に私がにらみを利かせておきますから安心してください!」

 心強く請け負ってくれたその後は、騎士の裏話など面白おかしく話してくれた。

 ヨハンナの気遣いのおかげでエヴェリーナは来た時とは違い、すっかり元気になって屋敷に戻ることが出来たのだった。


 見送ったヨハンナは、事情をすべて話せないことを心の中で詫びた。

 事は王宮内で起こった王太子の暗殺未遂事件。事情を話せばエヴェリーナももっと安心できるだろうが今はまだ口外することが出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る