第27話 一肌脱いじゃう 3
王太子が寝室で襲われるという前代未聞の事件が起こった。
その日に偶々なのか、ステファンは大切な指輪を無くした。
遅い時刻、必死に王宮内を探し回り、昼より灯りを落とされた少し暗い王宮内を歩く。王太子の執務室でも見つからず、明るくなる朝を待つしかないかと思いながらもあきらめられなかった。
あと王太子の部屋までの廊下だけと心に決めて向かったところ、ドア前にいるはずの護衛がいないのに気が付く。
嫌な予感がして廊下を走り、部屋に飛び込むと護衛が倒れ、ベッドの上で王太子が黒づくめの男に襲われ、剣で何とか攻撃を防いでいるところだった。
ステファンは直ちに警笛を吹き、男にとびかかった。
「駄目だ、ステファン!」
ステファンは騎士でも武官でもない。無謀な試みだった。案の定、一蹴りで吹っ飛ばされて壁に激突する。
幸いにも警笛を聞いたロイドと数名の護衛が飛び込んで来ると男は窓を突き破って逃走した。
その後、体は痛むも幸い怪我がなかったステファンが、王宮内を捜索している時にぶるぶる震えてしゃがみこんでいるドリスを見つけた。優しく声をかけ、安全な場所を確保し保護したのが事の始まりだった。
子爵家の令嬢だが、下級の使用人として王宮に上がっていた。しかしきつい仕事と先輩の使用人たちの指導に耐えかねて逃げ出そうと夜中に王宮の庭をうろうろしている時、人影が現れた。
慌てて庭の茂みに姿を隠したドリスの側で男二人が息を荒くして、「失敗した」「逃げる」「暗殺」「侵攻の合図」など物騒な単語を口にする。気が付けば、王宮の方が明々と灯りがともり、騒がしい。
男たちのうち一人は王宮に、もう一人は闇に紛れて逃げていった。
「王宮に戻っていった男は剣を携えていたから騎士かもしれない、逃げていった男は訛があったから隣国の人間かもしれない」など保護した令嬢は震えながらも証言した。
そして唯一の目撃者を、口止めと保護の両方から王宮に留め置くことになった。暗がりとはいえ顔は見えていたというから内通者を特定し、侵攻について聞きださなければならない。
恐ろしさから疑心暗鬼になりステファンしか信用ができないと、ドリスはステファンにしか証言をしなかった。挙句、夜も側にいてくれないと怖くて過ごせないと訴えだす。
さすがに夜までは担当出来ないと固辞をしたがステファンは出来るだけ付き添い、当時の話を聞きだそうと色々世間話をして恐怖心が和らぐように優しく接していた。
いつ侵攻が始まるのかわからない。
暗殺を失敗した隣国がすぐさま攻め入ってくる可能性がゼロではないのだ、全容を解明するため少しでも情報を得ようと必死だった。
戦争にも備えなければいけない状況に、ステファンは家に戻れなかった。
しかし、肝心の目撃情報について、「怖くて思い出せない、思い出そうとすると震えてしまう」と言い、すぐに王宮に潜む内通者を特定できないでいた。
思うように証言が得られないばかりか、怖いからステファンの家に匿って欲しいと馴れ馴れしく媚びてくるドリスに辟易しているステファンはエヴェリーナ不足で疲労困憊である。
毎日手紙を送り、帰宅できない事の詫びと愛を伝えているが、エヴェリーナを抱きしめたい。毎日スンスンしたいと日々思いが募る。
そんな時、同僚からいたわりの声をかけられた。
「あのような令嬢の世話役とは大変ですね。しかし夫人の毅然とした態度が素晴らしいと妻が称賛しておりましたよ。」
その同僚の奥方が参加したお茶会で、例の令嬢がエヴェリーナに虚言を吐いて、無礼を働いていたと言う。
王宮でずっとあの時の事を考えていると恐怖で心が壊れてしまいそうとドリスは王太子に泣いて訴えた。
詳細な証言が出来ないのあれば、直接見るしかないだろうということで、侍女に扮装させ、王宮内の騎士の顔を見せるために連れ歩いたからだ。しかし、体を震わせて怖いと泣くドリスは目撃者として全く役に立たなかった。
ステファンの胸の内には一つの案はあったが、流石に令嬢に対しては酷であろうとイライラしながらも、彼女の目撃証言はあてにせず、別の角度からも捜査を始めていた。ただ内通者が判明した場合に証人として必要のため、まだ保護の対象であった。
心を癒すために女性だけのお茶会や少しの外出をしたいというドリスに、王太子は護衛をつけて茶会への参加を許可していた。
まさかその茶会にエヴェリーナがいたとは知らなった。エヴェリーナからも執事からも、問題があったとの報告は一切されていない。
個人的な関係をほのめかすなどと・・・昔の事を思い出す。エヴェリーナが自分から逃れようと姿を消してしまった日々の事を。あの時の絶望と恐怖を思い出すと心臓が凍り付くようだ。
ステファンはすべてを放り出し、王太子殿下のもとに駆け出した。
「殿下・・・」
「あ!駄目だ、その目はやめろ!お前が病んだ時の目だ!」
「ご理解いただきありがとうございます。ではこれでお暇いたします。」
さっさと帰ろうとするステファンを引き留める。
「待て!」
「待てません!」
「ステファン!わかった!すまない、いつもお前に迷惑をかけてしまって申し訳ないと思っている。夫人に何かあったのか?使いを差し向ける。お前は一刻も早くムーラン嬢の・・・」
「殿下、長い間お世話になりました。本日をもって職を辞するつもりです。では。」
王太子は以前も同じようなことがあったなと、あの時の騒動を思い出し、一瞬遠い目をする。
ステファンがドアを開けた時、甲高い声でステファンの名前を呼びながら令嬢がやってきた。
「やっとお会いできましたわ!」
「・・・ちっ。ムーラン嬢。」
「ドリスとお呼びくださいませ。犯人がいるかもしれない王宮にいるのは恐ろしいのです。早く私をお屋敷に連れていってくださいませ!ステファン様のお屋敷なら安心して思い出せると思いますの。」
「あなたには護衛が付いている。それにあなたを保護する役目を賜っていても、個人的な関係はない。妻を傷つけるものは誰であっても許さない。侯爵家として子爵家に正式に抗議をさせてもらう。」
重要な目撃者、証人とはいえ、エヴェリーナに手を出したとなれば話は別だ。
しかも有益な証言は得られず、狙われそうで怖いと言いながら、お茶会に出かけているのだから勝手なものだ。何なら本当に狙われてくれればいいのだ。そうすれば犯人はわかる。
密かに胸におさめていた計画のように、この令嬢を囮にして内通者や暗殺者を誘(おび)きよせればいいのだ。
「そんな怖い顔なさらないでくださいませ。わたくしはただステファン様に親切にしていただいていると奥様にご挨拶をしただけですわ。」
ドリスは涙を浮かべてステファンに縋ろうとする。
「私はたった今、殿下のお側を離れましたのでこれ以上あなたの世話をすることはありません。」
「ステファン!私は認めていないぞ。」
「私にはリーナが全てですので。」
「わかっている。今日は戻っていい、だが明日は必ず戻って欲しい。」
「・・・。」
「ステファン、これ以上夫人に迷惑をかけないと約束する。頼む。」
ステファンは黙って頭を下げると、部屋を出て、急ぎエヴェリーナに会いに戻ったのであった。
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