第25話 番外編 一肌脱いじゃう 1

 ステファンの背を器用に駆け回るトカゲの姿を後ろから見て、ロイドは目を瞠っている。


 ステファンの前にいる令嬢が、ステファンの肩に乗るトカゲを指さして泣き喚くが、ステファンが自分の肩を見たときにはトカゲは背中に隠れる。そしてまた令嬢だけに見えるように顔を出し、ゆらゆらと体を左右に揺らし存在をアピールしている。

 そしてついに何か叫び声をあげると、その令嬢はドアを飛び出していった。


「なんだ、あれは。エヴェリーナの事を問い質したかったのに。」

「はは、竜のお使い様の怒りを買ったんじゃないか。お前の背中に・・・ってあれ?」

 先ほどまでいたはずのトカゲがもうどこにもいなかった。



 逃げていった令嬢の名前はドリス・ムーラン。子爵家の娘で王宮の下級メイドをしている。

 そんな彼女はある事件の目撃者として、王宮で匿われていた。世話役兼事情聴取はステファンが担うことになった。

 仕事ができずに先輩のメイドにいつも厳しく指導されていたドリスは、入室さえ認められていなかった煌びやかな部屋で過ごし、容姿端麗で優しい侯爵に慰められるという想像もしなかった生活にすぐに溺れた。

 毎日世間話をして恐怖心を和らげようとしてくれるステファンに恋をするのに時間はかからなかった。どころか、自宅にも帰らず毎日毎晩会いに来てくれるということは妻よりも自分に気があるのではないかと思うようになった。

 そんな妄想と王家から大事にされている優越感から、ドリスは色々としでかし、竜のお使い様の逆鱗に触れることになる。


 調子づいたドリスがしでかしたこととは・・・




 あるお茶会で初対面の令嬢が挨拶もそこそこに、エヴェリーナに王宮でステファンとは特別な関係であると告げてきた。

「・・・それで?貴女は何をおっしゃりたいのでしょうか?」

 子爵家の令嬢が侯爵夫人に許可も得ずに話かけた上に、失礼にもほどがある内容。しかも相手は顔見知りでもなんでもない。

「いえ、奥様にご挨拶をと思いまして。」

「仕事上の付き合いでわざわざ私に挨拶される必要はございませんわ。それとも何か別の意図がおありでしょうか?まともな教育を受けていらしたらそんな恥ずかしい真似をされるはずはございませんし、そんなことはもちろんないでしょう?」

 エヴェリーナは笑って首を傾げた。

「もちろんです!わたくしはただ懇意にさせていただいているステファン様の奥様にご挨拶をしたかっただけですわ!今はお仕事がお忙しくてこちらに帰れないようですので、わたくしが色々とお世話をさせていただいておりますの。」

「あら、王宮メイドのお方でしたか?お仕事でしたらわざわざ挨拶は不要ですよ。」

「違いますわ!わたくしは特別にステファン様に目をかけていただいているのです!お世話も・・・個人的なものですわ。」

 意味ありげに子爵令嬢は笑う。


「そうですか。個人的なものに対して、別途給金を請求してらっしゃるのかしら?それなら主人に言っていただかないと私では何とも致しかねますが・・・・お困りなのでしたら融通して差し上げますが?」

 まわりで聞いていた婦人方も口元を隠し、笑っている。

「し、失礼な!・・・ただ挨拶をしただけではありませんか!」

「まあ、失礼はどちらかしら?」

 まわりの婦人方がひそひそと囁きながら、その令嬢を見下すように笑う。

 子爵令嬢は最初の意気揚々とした顔とは違って、負け惜しみのような悔しそうな顔をして戻っていった。


 エヴェリーナは強気で何事もなかったようなすました顔で乗り切り、周りの夫人からもその対応を称賛された。

 しかし、帰りの馬車に乗るころにはほろりと涙がこぼれ出た。

 人の悪意というものはなぜこれほど人の心を傷つけるのだろうか。ステファンの事は信じている、それでももしかしたら・・・そういう思いを芽生えさせる悪意。 

 子爵令嬢が堂々と侯爵夫人に宣戦布告をする以上、もしかしたら本当に何かが起こっているのかもしれない。そう思うと自然に涙がこぼれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る