なんか

@nshr

第1話

宇宙(そら)が好きだ。

僕は幼い頃から宇宙(そら)が好きだった。

僕はパイロットに憧れて、そして今、宇宙飛行士の一員となった。

僕は宇宙(そら)を駆けめぐるパイロットとしてこの先も輝きつづけるんだ。


そう、あの宇宙(そら)の星のように。


「星になりたい」


アルがポツリとつぶやいた。


「え?」


「星になりたい。

俺は。今すぐに」


アルはぐったりうなだれて言った。

僕とアルは喫茶店で向かい合って座っていたのだ。


「いやいやいや。

アルにはまだやることがあるじゃないか。

例えば、僕を一人前のパイロットにするとか」


アルは死んだ目で僕をじっと見つめて言う。


「パイロット?

船なんてエンジンを起動させたら真っ直ぐに飛ぶんだ。

なにも難しいことはない」


アルは言った。

全否定ですか?

僕にはまだロケットを操縦する資格はないのに!

あと300,000,000時間の経験が必要とされているのに!

僕がパイロットになるために、父がアルのもとに付けてくれたのに!

それをお忘れですか?


「ええ…。

僕はなんのために…」


僕もうなだれたい気持ちになる。


店員が注文した飲み物をテーブルに置いて立ち去った。

一口飲み干してから、アルは言った。

アルは恋人と別れたと言う。

アルはブツブツ言って顔を両手で覆う。


「俺のなにが悪かったと言うんだ?

きっと、他に恋人が出来たんだ?

俺という男のどこが不満だというのだ」

 

「まあ…、落ち着こうよ、アル。

明日は仕事だよ?

アルが船を飛ばすんだよ?

明日は花火が見られるんだよ?」


「ああ、そうだったな。

ウツノミヤ・ナオトが譲ってくれたんだったな…」


「花火、きっと楽しいよ?」


「そうだな。

うん、そうだ。

花火か…」


アルは少し落ち着いたようだった。

会話が途絶え、落ち着いた様子でコーヒーを飲み干す。

そしてアルはメニュー・ボードをしばらく見つめていた。


「腹が減った。

生きていると、人間は腹が減る。

そういうものだから、仕方がないんだ」


「うん、そうだよ。

生きているとお腹が空くんだよ」


「俺は生きている…。

生きる糧はここにある。

…ああ、このソフトサーブ食いてえな」


メニュー・ボードに載っていた巨大なソフトサーブをアルが示す。


「デカいな」


確かにここまで大きなソフトサーブな初めて見た。


「ここまでデカいのは見たことがないな」


「注文して食べればいいじゃないのかな」


僕は言った。


「うーん。しかし、2000円だぜ?。

消費税入れると…」


アルは渋い顔をする。

アルは意外にお金が関わると渋い。

僕はアルにこれまで奢ってもらったことなんて一度まない!

アルの方が随分年上だというのに!

…2000円+消費税。


確かにこの喫茶店のメニューは中でも高い。

でも、いいじゃないか。

少しくらいいいじゃないか、と思う。

アルは僕よりよほど高いサラリーもらっているはず!

アルはこういった出費には抵抗があるらしいけど。

どうでもいいじゃないか、僕よりも二十歳も年上なんだから!


「奢るよ」


僕は言った。


「え?」


「僕が、奢るよ」


「本当か?本当だな?」


アルは念をおすようには僕に問う。 


「ああ。

男に二言はないさ」


僕がそう言って、ケータイでソフトサーブの注文をしてしまった。


「注文したよ。

もうこのソフトサーブはアルのものさ」


「本当だな?

ソフトサーブが来たら俺が食べていいんだな?」


「もちろんだよ。

僕のおごりさ」


そう言うと、アルは嬉しそうに笑った。

よかった…。

アルが笑ってくれるなら、これでいいんだ。

僕はそう思った。


「ユーリは優しいな」


アルがじっと僕の目を見つめてくる。


「た、たいしたことないよ!」


僕は顔をそらした。

僕は照れた顔をしていたかも知れない。

すぐにソフトサーブが運ばれてきて、アルはさっと手を伸ばす。


「俺のだからな」


スプーンを口にするアルの表情…。

アルが嬉しそうにソフトサーブを食べているを見てか、隣の女性客がくすり、と笑った。

その顔に僕はある想いを念じてしまった。

店員の一人が僕たちのテーブルの横に跪いた。


「失礼いたします」


喫茶店のマネージャーらしき男だった。


「失礼いたします。

私は当店のマネージャ、タカダ・ヨシキと申します。

お客様はかのアレイン・クピカルドさまと、お見かけしましたが…」


アルはソフトサーブを食べていたスプーンを置いた。


「ああ。

そのアレイン・クピカルドだよ。

スペース・ドライバーだ」


「実は、アル様がこのソフトサーブをご注文されてから、他のお客様もあなたの存在に気付いたようです。そして、あなたがソフトサーブを注文されたのを見て、皆さま、ソフトサーブを注文されました。

おかげで当店の本日のソフトサーブは売り切れという次第で。

こちらは本日、発売したばかりのもの…」


「ほー、よかったじゃないか。

なんというか…。

もしかしたら、俺は君たちの役に立てたのかな?」


「もちろんでございます。

あなたさまのおかげです」


マネージャーはコクリと頷いて言う。

周囲のテーブルの様子を伺ってみると、どのテーブルも男の客ばかり。

彼らのテーブルの上には必ず大きなソフトサーブの器があった。


「ははは、驚いたね」


マネージャーは声を落として言った。


「あなたはまだ大きな影響力をお持ちになるようで」


「ははは。

まさか」


「ご謙遜を。

感謝の意を表して、この度のお代は私どもの方で…」


「…するってえと」


「此度のあなたのお代は結構です。

ただ、ひとつ…」


「何かな?」


アルがそう答えるとどんどん話が進んだ…。

いつの間にか写真家という男がカメラのレンズをアルに向ける。

アルは立ち上がると、両腕をあげてガッツポーズをした。

新たにつくられたソフトサーブが運ばれて一緒に撮影された。


「ありがとうございます。

あなたさまを客引の道具などにしてしまい、申し訳ございません。

でも、アレイン・クピカルドさまなら、このソフトサーブは人気商品となります…」


「はあ…」


ふと窓の外を眺めていたら、まだ幼い男の子が何人も店内の様子を窺っているのが見えた。

もちろん大人たちも。

アルという存在がちょっとした騒動を起こしていた。

僕という存在を無視して。


撮影らしきものは終了し、新たに作られたらしいソフトサーブをアルは口に運ぶ。

撮影していた男たちが並び、アルと挨拶を交わしてやがてその撮影会が終了した。


「すまない、ユーリ。

ちょっとした騒動に、してしまったようだな」


「いいよ、別に」


アルは言った。


「こうしていると実感するんだ。

今日も俺は生きている。

帰っても独りだかなっ!

だが、俺は今日も生きているってな!」


アルはすっかり元気になったようだった。


「よう、うまかったぜ。

ありがとうな!」


店のマネージャーにひと言残してアルは店を跡にする。

気分が高揚したらしいアルは、両肩を怒らせたように歩いていく。


「アル、ちょっと待って…」


僕はアルを制したつもりでそういった。


「あ…」


僕の声が届かなかったのか、アルは店の通りの道を進んでいく。

アルのお代は確かに店がもってくれた。

はじめにアルが頼んだコーヒーの分だけ。


ただし、アルの食べたソフトサーブのお代は僕のケータイで支払ったのだ。

僕のケータイの画面にはすでにソフトサーブの領収済みの印が。

注文したのが僕だからだろうか?


「あの、すみません…」


僕は恐る恐るマネージャーのタカダさんに、問いかけた。


「…何か?」


タカダさんは「は?」という目で僕を見つめた。

そう。

「何だ、この野郎!」という目だった!


「あ、いえ。

…何でもありません」


何も言えず、僕はスゴスゴと店を後にした。

くそっ!この店には二度と来ない!

僕の決心は絶対なのだ。

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