第8話 襲来
その日は、週に一回のニーナが我が家に訪れる日で俺たちは紅茶を飲みながら、最近あったことを話していた。もっとも、大半はニーナが喋り、俺は頷くのみだったが。
そんないつも通りの日常に突如、化け物が到来した。
ドォォォォン!!
突如、庭にて爆発音がした。
周囲にあった、庭師によって美しく整えられていた草木は吹き飛び、半径15メートルほどの小規模な、クレーターとでも言うべきものが発生した。
当然、庭の端で会話に花を咲かせていた(ニーナだけだったが)俺たちの方には風が吹き荒れる。
俺は無言で立ち上がり、険しい表情で爆発の中心地を睨みつける。
やがて
それは、とても人間とは思えぬような、例えるなら、『人間のなり損ない』とでも呼べるような生物であった。
体は全身漆黒に包まれており、かろうじて人間の形ではあるものの、その輪郭は常に揺らいでおり不安定。おそらく顔であろう部分に浮かぶ、これまた漆黒に光った瞳と、顔が裂けるのではないだろうかというほどに釣り上がった口端。
そして何より──底の見えない無尽蔵の魔力。
おおよそ今まで出会ったことのない
──しかし、それをみた俺の顔には笑みが浮かんでいた──
自身の顔に手を当てた俺は思いもよらない自分の表情に驚く。
なんだこの感覚は。なんなんだ、この制御できない気持ちは…!
この感情の名前もわからぬまま、俺の足は自然と化け物に近づいていく。
「ラウル!!」
俺の後ろで腰を抜かしていたニーナが叫ぶ。
「危険よ!ここは護衛たちに任せて私たちは逃げましょう!」
「…黙れ」
「え…」
今までで聞いたこともないほどに低い声が出た。突然の俺の対応にわけがわからなくなったらしいニーナは、呆然と俺を見ている。
「お前は黙ってそこにいろ。今からが楽しいんだ。」
そう言い捨て、俺は化け物へと歩みを進める。
後ろではいまだニーナが俺の名前を叫んでいるが、もうどうでもいい。
今はもう、目の前の相手にしか興味がないッッッ!
始まりは一瞬だった。化け物にかかる重力を数百倍にし、重力魔法で超加速を果たした俺は、化け物の顔面目がけ、魔法によって威力を増したパンチを繰り出した。化け物はそれにあっさりと貫かれた──かのように思われたが、空いた穴はすぐに修復された。
あまりの出来事に訳がわからなくなった俺は後ろに飛び退き、化け物を見つめる。
なんだ今の感覚は。確実に人間の感覚じゃあなかった。でも、何か、嫌に体に馴染むような、今までに触れたことのある、何か──
考えてる間はなく、今度は化け物が超速でこちらに迫ってくる。俺は重力を操り空中に逃げ、圧倒的な有利を獲得したかのように思ったが──化け物は驚異的なジャンプ力でこちらに迫ってくる。
「は?」
一瞬何が起きたか理解できなかった俺は、化け物の強烈なパンチで吹き飛ばされる。その瞬間、俺の体に何かが流れ込んできた──膨大な魔力だ。
それは俺の体の内部にまで損傷を与えた。
「カハッ」
思わず俺の体からは血の塊が出てきた。
「ラウル!!」
半分泣いたような表情でニーナが走り寄ってくる。
「来るな!!」
ニーナを手で制し、俺は宙に浮かんでいる化け物を見上げ──笑う
「邪魔をするなニーナ、今、何か掴めそうなんだ。今からが、いいところなんだ」
そう言い捨て再び俺は空へと舞い上がる。
経験したことのない楽しさに興奮してしまっているが、頭の一部ではこいつに勝つために冷静に考える。
さっきこいつの攻撃を受けて確信したが、こいつは形のない魔力の塊だ。魔力のみの知的生命体など見たことも聞いたこともないが、この考察はおそらくあっているだろう。
──ならば、実体のないこいつにダメージを与える手段は魔力のともなった攻撃だろう!
ズドォォォン!!
俺の拳は化け物を確かに吹き飛ばしたが、大したダメージには至らなかったらしい。化け物はさらに笑みを受かべ、こちらを見ている。
そうだろう、ここからが本番だ化け物。今俺は魔力というエネルギーの本質に間違いなく近づいている。間違いなくだ。この戦闘で俺は本質を我が物にし、また頂点へと一歩近づくんだ!
そこからは圧巻の一言であった。
ローレン公爵邸の上空では2人の化け物がお互いに殴り合い、稀に衝撃波すらも発生した。
そんな中、俺は思考を続ける。
そもそも、魔力というエネルギーの正体はなんなんだ。今まではなんの違和感もなく使ってきたが、このエネルギーはあまりにも万能すぎる。
一部の学者どもは魔力が効果を及ぼさない空間を研究していると聞くが、本当はそちらこそがなんの違和感もない、本来の世界の姿なのではないだろうか。
では、その法則を捻じ曲げる魔法の正体はなんなんだ…!
そんな思考を重ね、俺が辿り着いた結論は──
魔法とは、大気中の物質が生物の体内にある物質によって性質を書き換えられた結果の産物である。
ということだ。
ならば話は早い。この魔力のみで構成されている化け物は何者かが人為的に作り出した、世にも珍しい独立する「魔法」であり、これを封じるには、ニーナにもやったように、魔法を書き換えるか──
周囲の魔力を、完全に使い切ればいい。
そう結論に至った俺は化け物と俺の間に強大なエネルギーを持つ重力魔法を発生させる。そうすることで化け物自身の魔力すらも俺が使い切り、こいつを完全に消滅させるという寸法だ。
順調に化け物のエネルギーも減ってきた頃、こいつは生命的危機を感じたのか、俺に殴り掛かるのをやめ、距離をとった。
膨大なエネルギーを使い、ボロボロの俺と、体が薄れ、魔力量が
「ギギィッ!」
笑みが消えた化け物はしばらく憎々しげにこちらを睨んだ後──飛んでいった。
「ハハ…」
緊張が解けた俺は地上に降り立ち、倒れ込んだ。
視界の端からニーナたちが走ってくるのが見える。
あぁ、もうダメだ。眠い──
眠気に身を任せ、俺は、目を閉じた──
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