第5話 ニーナ・ブローニ視点

 これから先も、親の言いなりになるだけのつまらない人生を送っていくんだろうと思っていた。


──その日までは。


 その日は、初めての体験ばかりだった。いろんな感情を、初めて経験した。


 私は生まれつき天才と呼ばれていた。

 王族としてこの世に生を受けた時から魔力の量は多かったし、加えて魔法の属性も希少な光属性という、過去に実在したという『賢者』と同じ属性だった。

 幼い頃から普通の子供よりも大人びていたのもあったのだろう。習い事の教師がいうことは、すぐに実践して吸収できたから、そのことも私が天才と言われるのに拍車をかけていたのかもしれない。


 この国を統治している両親は、好都合と言わんばかりに私の能力を公開し、王国内での地位をさらに確固たるものとした。


 そんな感じでいつもの通り私が過ごしていたある日、父から、ある貴族の誕生日パーティーに出席するとの話が来た。なんでも、その貴族は公爵家で、息子がひどく優秀らしい。

 まあ今までもこういう話は受けてきたし、今回もいつも通りで終わるんだろうなどと思っていた。


 そんなこんなでパーティー当日を迎え、国王の父と同じ馬車で会場に着き、例の少年と挨拶をした。

 会って少しだが話してみた時点での感覚としては、確かに同年代の子供とは少し違うが、評判ほどではないな、というのが感想だった。特段興味もわかず、そのあとは会場に来ていた他の貴族達といつもの通り挨拶を交わした。


 しばらくして挨拶回りが終わり、一度落ち着いて周りを見渡してみると、さっき挨拶をしたラウル・ローレンが会場から出ていくのが見えた。

 いつも以上のものすごい人数の貴族に、流石に疲れを感じていた私は、なんとなくだがついていくことにした。

 しばらく歩くと裏庭につき、ラウル・ローレンは裏庭の真ん中に行くと、1人でに何かを呟き、座禅を組み始めた。

 みている限り、一般的な魔力操作の訓練をしているらしかったが、その光景を見ていた私は、あまりの魔力の密度と操作の美しさに、思わず目を奪われた。

 美しく練られた魔力は可視化され、彼の周りに漂っていた

 このような芸当が可能なのは、この広い王国内を探してみても、片手の指で数え切れる程度だろう。


 …正直、格が違った。

 私も今まで、周囲から天才ともてはやされてきて、少しくらいの傲慢ごうまんがあったのかもしれない。周囲にそう言われるだけの優秀さではあると自負はしていたし、自信もあった。

 その自信が、一撃で粉々にされた。

 悔しいはずなのに、惨めなはずなのに、この感覚はなんなんだろう。

 体が熱い。息は荒くなるし、心臓の音がやけにうるさい。


 それから少しの間、その魔力操作の美しさに、しばらく私は魅入られていた。


 しばらくすると、ラウル・ローレンは立ち上がった。どうやら魔法の訓練を始めるつもりらしい。どんなものが見れるのだろうかと思ってしまい、前のめりになった私は、思わず足を踏み出してしまい、ザクッ、という足音が鳴った。

 流石に気づかれたのだろう。ラウル・ローレンはこちらをじっと見つめている。


「こんばんわ、王女殿下」

「えぇ」


 努めて冷静に、王女としての威厳を崩さないように、私は言葉を返す。


「…なぜここに?」

「少し休みたくてね。」


 王女として隙を見せてはいけない。そう父に言われていたのを思い出し、昂る妙な感覚を押さえつけ、会話をする。

 しかし、何か違和感があったのだろうか、ラウル・ローレンはこちらをじっとみてくる。思わず気まずくなった私は、魔法の練習の続きを命じた。


 するとラウル・ローレンは何事もなかったかのように魔法の連中を始めた。


 こいつの固有魔法はある程度は聞いている。確か、周りの重力を操るといった魔法であったはずだ。コントロールが難しく、使用は困難だと聞いていたが、さっき見たこいつの異次元の魔力操作なら十分使いこなすことが可能だろう。


 練習する風景を眺めているが、そこが見えない魔力量なのに、とてつもなく繊細な魔力操作で魔法を使用している。差は歴然だった。

 そうだ、いいことを思いついた。さっきの感覚がなんなのか、もう一度確かめるために、こいつの魔力を直接感じてみよう。そのためには、決闘が最適だろう。

 そう思った私は、ついこう言ってしまった。


「ラウル・ローレン、私と勝負をしましょう。」


 などと。

 





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