紗夜と紗夜

「でも、それは有り得ないよ」

「あり得ない?」

「うん。だって棟方さんは体が弱くてほとんど学校に来ていないから」

 それなら、この手紙に書かれている式屋先輩ではない筆跡は。

「まあとにかく、先生が思いを寄せてるのは先輩とは限らないってことだ。それが分かっただけで十分じゃないか?結局最後は自分で動かなくちゃいけないんだから」

「分かってるよ……」

 先輩は落ち着きを取り戻すとそのまま部室から出て行ってしまった。部室に残った二人はその手紙とさっき見たクラス名簿の名前を見て考える。結局あの手紙は二人のうちどちらが本当の持ち主なのか。だけど今はそれ以上に重要な問題がある。

「でもまあ、これでまた問題が一つ増えたな」

「そうだね。でもそれっておかしくない?学校に来てないならさ、普通は進級できない気がするんだよ。でもその棟方先輩は進級できてるってことは学校に来てないわけじゃないんだと思う」

「保健室登校ってやつか?」

「たぶんそうなんじゃないかな。一回見てみない?」

「もう放課後だし帰ってるだろ。それなら明日にでも」

「明日も授業はあるんだから放課後に来ることになるじゃん」

「だから、授業中に来ればいいだろ」


 運のいいことに、翌日は体育の授業があった。今日の授業はペアになって何かをするというものだった。ちょうど一人になった桜は、嘘は嫌いだけど他に考えが思いつかなかったので仮病を使った。授業中に自由に校舎を移動できる背徳感を持ちながら廊下を進む。

「失礼します」

 保健室に入ると、すでに七瀬がいた。彼は備え付けられてあるソファに腰かけて休息をとっていた。

「来たな」

「うん」

「紹介する、棟方紗夜先輩だ」

「よろしくね、桜ちゃん」

 なんで仲良くなってんの?

 知らない間に距離感が近い人ができている。言葉に表せない謎の感情が心を満たす。先生もそれを黙認してみたいで、雑談はさっきまで続けられていたみたい。

「どうしたの?」

 私が何も言わずに固まっているのを心配してか、棟方さんは私の顔をのぞかせて困った顔をこちらに見せる。

「いえ、なんでもないです。それよりどうして七瀬とそんなに親しげなんですか?」

「それは、その」

「誰だって、気が合うことくらいあるだろ。俺は棟方先輩の話を聞いていただけだ」

「あ、そう」

 それを聞いて先輩はうれしそうにする。人は共感されると落ち着く。うれしくなる。

「それじゃあ、先輩。また会いましょう」

「ええ、ぜひまた保健室に来てね。私は、ここにしかいないから」

 先生に挨拶をして、私たちは保健室を出た。

 その足は教室になんて向かわずに、部室にたどり着く。このまま授業をサボるつもりなのだろうか。

「どうしたの七瀬」

 それは、私がそうしたんじゃなく七瀬の意思だった。彼は机にしまってあった手紙を取り出しして昨日先輩が言っていたもう一人の筆跡について語る。

「棟方先輩は、住吉先生に惚れている。彼女が自分の口で言ったことだから間違いない」

「それってつまり」

「あの手紙は、二人の気持ちだ。どちらと結ばれてもおかしくない」

「なら、別にいいんじゃ」

 そこで彼は私の言葉をさえぎった。それは良いわけがないということの裏返し。

「あいつはヤバい、なにかしでかしそうだ。だからお前とは引き離した。幸いなのはあいつが病弱なことだな」

「なら、先生を探しに行く?」

「放課後になったらすぐに探しに行くぞ」

 どうして棟方先輩が先生と接点があるのか、その理由は案外単純だった。

 放課後になって再び先生を探そうと職員室に向かう際中、保健室に通りがかったところで中から声が聞こえてきた。ゆっくりと壁側によって黙って耳を当てる。

「先生、ここを教えてくれませんか?」

 猫撫で声のような優しく聞く声。甘えたその声に、相手は気にせず教えている。

「ああ、それはな」

 聞いたことのあるその声、相手が誰かは言うまでもない。私は七瀬を見ると彼は頷いて保健室の扉を開けた。入った瞬間の光景に思わず桜は驚く。

「近いな」

 七瀬がぼそりとつぶやく。それもそのはず、どういうわけか棟方先輩は頬が当たる距離まで先生に接近していた。見られているというのにもかかわらず。それを彼女が気にするそぶりは全くない。

「先生は照れてるの。やっぱり人前ではそうなっちゃうんだよね、先生?」

「まるで俺がいつもそうしているみたいじゃないか。はいそうだねって言ったら俺は速攻後ろの先生に通報されて即刑務所行きなんだから誤解を招くようなことはやめてくれ」

 保健室の先生は何も言わずに笑ってただそこに座ってる。私はあの手紙を渡してしまおうかと一瞬気が迷う。そんなことをしたら、式屋先輩に顔を合わせられなくなるのですんでのところで思いとどまる。

「何してるの?」

 保健室の前で立っている私たちに声を掛けてきたのは、運がいいのか悪いのか式屋先輩だった。だけど、それを彼女に見られてしまってはいけないということは疎い桜であっても分かっていた。

「あ、先輩。今はちょっと」

 彼女を押して保健室の中をのぞかせないようにしたけど、押し引きしているうちに彼女は中の光景を見てしまう。

「棟方さん……?」

「先生、早く教えてくださいよ~」

 私は消えてしまいたい。

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