かたおもい
「俺たちは部活の顧問を探していたんだ。投函部っていうところなんだが、廃部寸前だったから顧問がいなくて。それで、君は誰?」
「えっ」
「そこまで詰めてくるってことは何かあるんだよね?」
七瀬が彼女に近づく。後ずさりしながらだんだんと顔を青くしていく彼女を見て、私は七瀬の腕を掴む。
「距離の詰め方が怖いよ。もっと優しく、相手は女の子だよ?」
「分かったよ。……お前は誰だ」
もうダメだ。しかも相手は上級生なのに。
彼女は完全に怯えきってこちらの質問なんてまともに聞いていない。
「い、嫌よ。それじゃ」
さささっ、と急ぎ足で階段を駆け上がっていってしまった。さすがの先輩だからといってもああも高圧的に言われたら誰だって怯える。しかも男子が女子にしているんだからなおさら。
「あーあ。七瀬のせいで逃げちゃった」
「俺が悪いのか?」
「どう考えても七瀬が悪いでしょ。謝ってくる?」
あれで悪いと思わないならきっと治らないんだろうなと悲しくなった。しかし桜の表情を見て七瀬は頭を掻いて申し訳なさそうにする。
「やめとく。だいたいあいつが探している紗夜じゃなかったらただの徒労になるしな」
「っま、それもそうか。でもやっぱり気になるなぁ。わざわざ職員室で先生の机を覗いてたんだから何もないわけないよ」
自分でもこのカンは当たっている気がする。たぶんあの先輩はきっとさっき名簿で見つけた紗夜という名前の生徒のどちらかだ。次に会った時名前を聞くことができればそれも確信に変えることができる。
しかし時刻は五時半を知らせる鐘が鳴る。もうすぐ部活は終わりの時間だ。外では片付けの始まる声がして、いっそう校舎の中は静けさが満ちる。
「もう時間はないよ。帰る?それとも追いかける?」
私は七瀬に聞く。自分でもこの聞き方はずるい気がした。
「行けばいいんだろ!ほら、見失う前に行くぞ」
「はーい」
私は彼に続いて、二年生の教室に足を向かわせる。
一般棟にはクラスの教室だけが並んでいるので、何か用事がない限りはほかの教室に行くことはない。なので、七瀬も桜も二階には初めて行く。しかし階数が変わったからといって建物の構造が変わったわけじゃないので別段変わったという印象はない。
「あんまり変わらないね」
「学年ごとに変わったらそれはそれでどうなんだ」
まあ、クラスごとに格差があったらなんて妄想だけの世界の話だったら面白いとは思うけど、ここは現実そんなことは起こり得ない。でもまあ、クラス分けは学力別だかけどね。いくつかの教室を覗いてみても彼女の姿は一向に見当たらない。
「ていうかいないね」
「もう帰ったんじゃないか」
そう思っていた矢先に次に向かおうとした教室の扉がガラガラガラと開く。そして互いに目が合った。しまった、とでも言いたげな目をして彼女は私たちが上ってきた方とは反対の階段に駆けだしていく。
「待って待って!」
追いかける二人。だけど、距離はあまり近くないので階段を彼女が先に降りる。彼女の言葉なんて無視して、鞄すら踊り場に捨てて行っている。
後を追うがなかなかにすばしっこくて追いつけない。なんとか昇降口の前で七瀬が彼女の腕を掴む。
「ねえ、離してよ!」
「落ち着け。別に俺は聞きたいことがあるだけで」
「キャーーーッ!」
昇降口は廊下と繋がっているので彼女の叫び声は良く響いた。一階は職員室があるので、もちろん教員が何人か廊下に出てくる。そっちに気を取られている隙に彼女は七瀬の掴んだ手を振り払うと、階段を上っていく。
「最悪だ」
「七瀬は部室にでも隠れてて。私は彼女を追いかけるから」
「あぁ、分かった」
七瀬は中庭のほうに向かい、私は階段を上る。先生たちが呼び止める声も聞こえないので、たぶん掴まってはいないはず。
一方の桜は、案外すぐに彼女に追いついた。
「はぁ、はぁ、はぁ、っ」
「なんでそこまでして逃げるの」
階段の途中で息が切れた彼女は、二階と三階の間の踊り場でへたり込んでいる。同じく限界の桜も彼女の隣に座った。
「私が、先生を探していたのがなんでか、聞くと思ったから」
「まあ当たってるけど」
「やっぱり」
「私は、ただ手紙の持ち主を探したいだけ」
「手紙?」
事情を知らない彼女にとっては確かになんのことかさっぱりだ。桜は一通りのことを端折って説明した。それを聞いて、彼女はひどく驚いて声をあげた。
「え?桜の木の裏にあるポストに、その手紙が入ってたの?」
「うん。それがどうしたの?」
「それ、結び箱だよ!」
「結び箱?」
「いつの間にか入っているその二つの手紙は、いずれ二人を結ぶって七不思議。まさか本当にあったなんて!」
彼女は心底嬉しそうにしている。そしてまだ桜は状況をうまく理解できていない。七不思議の話なんて聞いたことがない。こんなところで友達のいない弊害がでてくるとは。
「つまり、紗夜さんと先生はいずれ結ばれるってこと?」
「そう!」
恋が叶ったと有頂天になっている彼女に私の声はもう届かない。喜ぶ彼女を置いて桜は疲れた体を背負って部室に戻った。
「お疲れ様」
「本当に疲れた」
彼はソファの上でぐったりともたれかかっている。部室までは結構な距離がある。それを全速力で走ったら何にも運動をしていない人にはきつい。
「その様子だと手掛かりは掴んだみたいだな」
「うん。まず、彼女は式屋紗夜で間違いないみたい。結局名前は教えてくれたから」
「なら良かった。じゃあ、あとは届けるだけだな」
「そうだね」
私は机の引き出しから手紙を出してもう一度中身を読む。
両想い。私もいつかそんな気持ちを持てるのかな。
どんどん、考え込んでいると扉を叩く音がした。ここの扉が叩かれるなんて。
「はーい」
出ると、さっきの彼女が立っていた。さっきまでの息切れはどこかに吹き飛んだのか。元気な様子の彼女がそこにはいる。
「どうしてここが?」
「あなたを着けてきたの」
はぁ。そして、私の奥にある手紙を見つけるとその低い身長を生かしてするりと部室に忍び込む。そんな強引に入ろうとしなくても別に普通に入れるつもりなのに。
「あっ」
「これが手紙?」
中に入っても、七瀬は見てないふりをするつもりなのか狸寝入りをしている。むしろ彼女がまた警戒心を持ってしまうよりはマシなのかもしれないけれど。
「そうだけど、読む?」
「うん」
中身はシンプルなので、開いて一読すればすぐに終わる。だけど、彼女はなかなか手紙から目を離さなかった。それを不思議に思って彼女に尋ねる。
「どうしたの?」
「私の文字じゃない字が混ざってる」
彼女はその手紙の文字を一つずつなぞる様に書いていく。だけど、明らかに違う癖が文字で表れているところで彼女の指は止まる。
「え?」
「私と同じ字と違う字が混ざってるの」
それはどういう。もしかしたら、と一瞬頭をよぎる。だがそれはすぐ七瀬によって言葉にされる。
「もし、お前が言う七不思議が本当だとするなら、先生に心を寄せているのは一人じゃないんじゃないか?」
黙りこくっていた七瀬が口を開いた。びくっと驚くも平然とした態度で振り向く。起き上がっても一通の手紙を彼女に見せる。
「先生の手紙には、紗夜って書かれていたんでしょ?だったら」
「先生のクラスに紗夜は二人いる。そうですよね、式屋先輩?」
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