住吉先公を探せ!
ごろごろとソファに寝転がる桜。七瀬は黙々と進めていた課題がちょうど終わったところで、彼女の呟きにも反応を示すようになる。
「しんどい」
「じゃあ寝てろ」
「そんな、酷いよ七瀬」
「じゃあ起きてろ」
「しんどいのに七瀬はそんなこと言うんだ」
「どうすりゃいいんだよ……」
5月、気だるさパーセンテージが最高潮に達するこの時期。手紙を届けるなんていう迷惑なのか迷惑じゃないのか分からないような善意的活動を決意してから一夜明けてもうこれ。寝てもしんどさが取れないというのは思っている以上にストレスが溜まる。学校に来ているだけでも褒めて欲しいくらいだ。
「先生探しに行くんじゃなかったのか」
「まぁ落ち着いてよ。物事には順序があるんだから」
いきなり直接手紙なんて私に言ったら絶対断られるか気味悪がられる。いや、こっちが一歩的に誰かの好意を知ってるという時点で気持ち悪いけど。
彼女は起き上がって大きく伸びをすると左右に体を捻る。七瀬の言う通り、寝ていても確かに仕方はない。考えながら机にもたれると、七瀬と目が合う。
「私は、住吉先生を見つける方がいいと思う。だって、先生のほうが数少ないし」
「数って言うなよ。まあ、桜の言うことには一理ある。職員室に行けば席の名簿が張られているからどこが先生の席か分かるし、部屋から出るのを待ち伏せられる。それならそれでいいけど……行かないのか?」
「行くよー」
だらりと机に垂らした体を持ち上げて、私は七瀬と部室を出た。
放課後の職員室の前は意外と生徒がいる。主に先生に課題を出したり質問をしている人が多くて、さすが進学校だなあと思う。
もちろんそんなことを遠目で見ながら感心している時点で私の成績はお察しだよね。できるだけ他の人の迷惑にならないように職員室前に貼ってある名簿で先生の席を確認する。
「ええっと、あった住吉先生。二年の担任みたいだね」
私たちが名簿を見て話しているとちょうど職員室から一人の先生がでてきた。私たちの話が耳に入ったのか、荷物を持っているのにも関わらずその先生は彼らに話しかけた。
「お前たち、住吉先生と言っていたが俺に何か用か?」
まさかの本人だった。これはまずい、何も切り返しの言葉を考えていない。どうしよう、担任にも別に用はないし。七瀬は何か言い訳をしようと考えている間に、桜はとっさに「唐木先生に顧問のことで話したいことがあって」と言ってしまった。
「ああ、そうか。お前、唐木の受け持ってる生徒だったな。確か投函部とかいう部活に所属している。顧問はいずれ見つかるとして。どうだ、部員は見つかったか?さすがに一人じゃ部活にならないからな」
「この、子がいたので」
ささっと七瀬を前に出す。なんだかこの人は話しづらい。目を合わせただけで会釈すると、彼はこちらを見てにっこりと笑う。ここまで愛想のいい先生は珍しいなと思った。
「こんにちは。桜と同じ部活に入ってる糸魚川です」
「そうかそうか、よかったな。おっともうこんな時間だ。部活動、頑張れよ」
そう言って彼は慌てた様子で荷物を抱えて行ってしまった。彼の姿が見えなくなると七瀬は改めて席を確認したうえで職員室の扉を叩いた。
「よし、入るか」
「え?」
「あいつも担任持ってるってことは生徒の名簿を持ってるはずだ。その中に紗夜の名前があるか確認するぞ」
びっくりしたけど、先生がいない今ならチャンスではあるかもしれない。悩むより先に七瀬が入ってしまったので追いかける。静かな職員室の中であまり声を発するのは目立つので七瀬の耳元で囁くように聞いた。
「ほんとにいいの?」
「たまにはしでかしたくなることもあるんだ」
つまりは、ばれても仕方なしということ。そうなったら覚悟は決めないと。タイムリミットは先生があの荷物を置いてここに戻ってくるまで。そんなの何分かなんてわからないからとにかく急ぐしかない。迷いなく職員室の中を歩いて着いた先生の机は、見た目とは違って意外と整頓されていた。
「これだな」
ファイルがいくつか立っている中に名簿と思われるものを見つけて取る。幸い、他の先生は生徒の質問に答えたり、休憩をしていたり電話を取っていたりでこちらに向けられる視線はほぼなかった。名簿を七瀬はゆっくりと指でなぞる。そして、その指はある一点で止まった。
「式屋紗夜。この人か」
「待って七瀬。こっちにも同じ名前がある」
桜が見つけた場所を指さすと、全く同じ名前の生徒がもう一人いる。
「棟方紗夜。めんどくさいな」
しかしこれ以上の詮索は不可能。ちょうどよく休憩から帰った先生がこちらに向かってきていた。
「ばれたら厄介だし帰ろう」
「そうだね」
慌てて七瀬は名簿を戻すが、元あった場所ではないところに挟んでしまう。桜はそのことに気づいたが、先生はもうこっちに来ていた。すれ違った住吉先生にはまた会釈をして、職員室を出る。
「何とかごまかせたな」
「顧問になる先生を探してるってよく思いついたね。しかも事実ではあるし」
部室に戻り掛けの廊下、さっきの出来事を話していると突然目の前を阻む人影が現れる。彼女は仁王立ちでこちらを睨みつけている。主に桜の方を。
「ねえ、さっき先生の机で何してたの」
冷や汗が出るとともに顔をあげる。腰まで伸びた長い髪、幼さの残る顔にそれを印象づける低い背。しかしリボンの刺繡は二年を示していた。
「教えなさいよ」
絶対的な自信をもって高圧的に、彼女は言った。
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