秘密を守れ
次の日の放課後、私は部室ではなく正門にいた。
「来ないなあ」
彼の性格上、来ると口では言っても多分来ない。
私が行ってることを本気にしてないんだと思う。だから、懲らしめてやるのだ。
「来た来た!」
私は正門のすぐ隣にある、かやの木の裏に隠れる。彼は私に気づかないで駐輪所へと向かった。よし、今だ。ゆっくりと彼の背後まで回り込んだところで肩を叩く。
「おーい、七瀬!」
そこでやっと気づいたのか、バッとこちらを見て驚いた顔をしている。不意をつかれた七瀬は両手を自転車のハンドルにかけたまま固まっている。
「お前、部室にいるんじゃなかったのか?」
「だって勝手に帰ると思ったし」
「……そうか。とりあえずこっち来い」
彼は私を引きずってゴミ捨て場のほうまで向かった。誰もいないことを確認すると、そこで手を離し彼は少し怒った口調になっていた。
「おい、なんであんな人前で目立つことをするんだ。お前は恥ずかしくないのか?」
「そりゃあ、恥ずかしいに決まってるよ」
正直死にたかった。ノリと勢いにすべて任せた結果があれだ。素の私がやったら悶死する。でもそうでもしないと七瀬はきっと私を無視すると思った。知ってて無視されるなんてつらいから。だから怒っている七瀬を睨み返す。
「でも、七瀬がこないなら毎日する」
「分かった分かった、部室に行くから。だからあんなことはもうするな」
桜の決意が本物だと確信すると七瀬はそれ以上言うことはないと手を引いた。その言葉が嘘じゃないと信じたくて桜は一歩さらに彼に近づく。
「約束だよ」
私は指切りを強引に結んで安心すると、彼と一緒に部室に戻る。窓を開けるといまだに少し埃っぽくて鼻がむず痒くなる。
七瀬はカバンを机に置いてソファに腰掛けた。椅子に座って何もしていない桜を見るが、部活動だというのに何かを始めるようなそぶりは一切ない。
「それで?この部活は何をする部活なんだ」
「それはね、私も知らない」
七瀬は呆れてため息もつけずにこちらを見る。じとーっとしたその目に悪意を感じて桜は思わず口にする。
「絶対バカだなって思ったでしょ」
「よくわかったな」
「はぁーー?」
「事実だ」
ということで改めて二人でこの部活が何をするところなのか考える。だけど真剣に考えて出た答えは当たり障りない。だけど、そんな考えられるような答えではどうも部活動としてはあまりにも薄い。それで申請が通ったとは考えられない。
「投函部っていうくらいなんだから、手紙書いたりポスト作ったりとかじゃないかな」
「ポストを作る?誰がそんなところに手紙を入れるんだよ」
「それもそうだけど」
うーーん。
桜が下を向いて悩んでいたら、机に引き出しがあるのに気が付いた。そこを引くと、「部則」とだけ書かれた束になった紙があった。
「あ、これだよこれ!ここに書いてるんじゃない?」
「そんなところに置いてあったのか。早く確認しよう。ろくでもなかったら俺が改訂版を出すから」
あんだけぐちぐち言ってた割には、部活に参加する気はあるんだ。
ページを一枚捲ると、中はシンプルに数行文があるだけ。フォントも明朝体で書かれている。
「この部活でなさなければならないことはただ一つ。中庭の桜の木の裏にあるポストに投函された手紙を読むこと。その後の行動は君たちに任せる。未来の若き後輩へ」
それだけ。他のページを捲ってみても最初の方に組になった氏名とそこに一言添えられた文章があるだけ。それも束になった紙の10ページ分程度にすぎず、ほとんどは空白で中身のないものだった。
「というよりポストはほんとにあるのかよ」
「そうみたいだね。行ってみよう」
中庭、新校舎と旧校舎の間にある小さな場所。昔はどちらの校舎も使われていたみたいだけど、近年の生徒の減少に伴って旧校舎は廃止になったみたい。そこには大きな桜の木があって、明らかに周りの木よりも年齢を感じさせる。
「これがポスト」
投函部と書かれた木札がポストにかけられている。ここに設置されて随分年月が経っているからか、見た目はかなり古びているけれど、それが逆に背景の旧校舎とマッチしていて趣を感じる。
「えーーっと。鍵は桜の木にかかってます。だって」
「がばがばセキュリティだな」
桜の木を見渡すと、確かに鍵がかかっていた。私が取ろうとしたけれど身長が足りない。一応申し訳程度に高い場所にあるので、七瀬に取ってもらう。
「はい」
「ありがと」
「まあ、どうせ何も入ってないだろ」
「それ、フラグだよ多分」
中には、二通の手紙が入っていた。
「ほら」
「…………。それって見ていいのか?」
「じゃあこっちのかわいい方から」
便箋は、桜色でそこには丸字で「住吉先生、付き合って下さい」と一言添えられていた。それだけだが、シンプルな告白文。
「これって!!」
誰が見てもラブレターだった。しかも先生宛の。
「どうせいたずらだろ。しょうもないことするやつもいるんだな」
「待ってよ。まだいたずらって決まったわけじゃないって。それに、まだ手紙はあるんだから」
さっきのとは対照的にシンプルなデザインの手紙だ。中を開くと、こちらもシンプルに一文だけ書かれている。「この気持ちを知られてはいけない。俺はどうすればいいんだ、紗夜」
七瀬も引っかかるところがあるみたい。引き返そうとしていた足が止まる。多分これは互いに宛てた心情を表してる。まるで漫画に出てくるかのような秘密の恋愛。
「ねえ七瀬」
「なんだ」
「この二人に手紙を届けるってのを直近の活動にしよう」
「いやっ……まあいいか。お前だけじゃなんか不安だし」
「そんな!私はこう見えても口が堅い女だよ」
「いやそれはうs」
「友達いないし」
「物理的にってことかよ」
七瀬は苦笑いしてこちらを見る。同じ穴の狢が私を憐れんでるよ。
「言っとくけど、七瀬も仲間だから」
「俺、クラスに友達出来てるぞ」
「ええっ、うそ!」
そんな。ボッチ同盟は今日で解散みたいです。
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